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日本学術会議史学委員会2011年の2つの提言(報告)

木下尚子(日本学術会議会員)

 日本学術会議第一部会の史学委員会にある二つの分科会(文化財の保護と活用に関する分科会、博物館・美術館等の組織運営に関する分科会)で、昨年夏(2011年8月3日)にそれぞれ提言をおこないました。ともに考古学研究および博物館の今後にかかわる重要な提言ですので、以下に報告いたします。

 この種の作業を行うとき、「社会的機能について深く考えることのない研究者と、科学的知識の全貌を知らずに機能を考える政策者」との間にたつプロフェッショナルな集団が必要だとする吉川弘之氏(設計学・ロボット工学者)の言葉が胸を刺します。提言を作成した私たちはそうしたプロではもちろんありません。しかし私たちは考古学を介して地域の埋蔵文化財行政や博物館と表裏をなす土地開発や社会教育に日常的に関わっています。埋蔵文化財行政や博物館から恩恵を受けるものとして、その社会的責務の一端でも果たすことを目指して以下の提言をまとめました。提言の社会的効果には心許ない面もありますが、会員各位のご理解を賜り活用していただけると幸いです。なお、この提言について意見をお寄せいただけると嬉しく思います(kinon@gpo.kumamoto-u.ac.jp)

提言本文の図1の標記「大坂」は「大阪」の誤りです。お詫びして訂正いたします。

 以下に公表された提言の要旨を掲載します。

提言 その1【歴史学・考古学における学術資料の質の維持・向上のために −発掘調査のあり方を中心に−】

 日本学術会議史学委員会文化財の保護と活用に関する分科会メンバー:
石川日出志・井上洋一・宇野隆夫・木下尚子・菅谷文則・関 雄二・常木 晃・藤井譲治・本田光子

要旨

1 作成の背景

 遺跡の発掘調査には、土地開発等に伴う行政発掘と研究を目的とする学術発掘があるが、遺跡から質の高い学術資料を抽出してその情報を社会に還元する点において両発掘調査に違いはない。現在、発掘調査によって得られた学術資料の多くは行政によって蓄積されつつあり、いまや行政発掘の成果は歴史学・考古学研究にとって不可欠な重要性をもつ。

2 現状及び問題点

 近年、開発事業数の減少や市町村合併に伴う人員削減、地方公共団体における財政難等の事情により、行政発掘にかかわる地方公共団体関係の調査組織は顕著な縮小傾向にある。一方ピーク時までの調査組織の拡大が行政発掘事業量の増大に量的な対応を最優先したものであったため、調査組織の整備や調査の質的問題が今日なお残っている。縮小を余儀なくされる組織にあって、調査組織の整備や調査の質的維持・向上は喫緊の課題である。

3 提言等の内容

(1)専門性を重視した発掘調査担当者の採用と配置

 埋蔵文化財の保護を目的とした発掘調査の担当者は、遺跡が一度発掘されると二度と回復でき ない宿命を持ち、発掘調査の公益性が高くかつ専門性の要求される措置であることに鑑み、地方 公共団体及びその関連発掘調査組織においては、大学において考古学を専攻した者あるいはそれ に相当する能力を持つ者を発掘調査担当者として採用・配置することが必要である。

(2)発掘調査担当者の能力を公的に認証し向上させる仕組みの構築

 従来公の機関が主に当たってきた発掘調査に民間調査組織の参入が進み、開発事業に関わる発 掘調査のあり方は多様化しつつある。こうした状況においては、発掘調査担当者の能力にも種々 のバリエーションが生じることが予想されることから、公的な資格制度を構築する等により発掘 調査担当者の能力を公的に認証し向上させる仕組みが必要である。

(3)発掘調査の学際化

 今日の発掘調査では、考古学の専門家と他分野の専門家が、目的に応じてともに調査すること が求められている。この試みは学術発掘においてさまざまに実施されており、行政発掘において も主として重要な遺跡の調査にあっては行われているが、今後さらに経常的なシステムとしての 導入が必要である。

(4)大学における人材育成の推進

 人材育成の観点から、考古学講座のある大学において埋蔵文化財に関するする基礎的な知識や、文化財保護制度に立脚する業務の論理を体系的に教授する必要がある。また行政担当者のリカレント教育等を含む人材育成において、今後大学と行政との交流が推進されるべきである。

提言 その2 【地域主権改革と博物館−成熟社会における貢献をめざして−】

 日本学術会議史学委員会博物館・美術館等の組織運営に関する分科会メンバー:
青木 睦・青柳正規・板倉聖哲・稲葉政満・井上洋一・木下尚子・武末純一・本田光子・前田富士男・真鍋 真・宮下規久朗
要旨

1 作成の背景

 日本の博物館の多くは、その公的性格から地方公共団体によって運営されている。近年政府は「地方が主役の国づくり」を推進し、内閣府に設置された地方分権改革推進委員会は、博物館法を見直す勧告をおこなった。

2 現状及び問題点

 勧告の内容に博物館の設置基準の緩和が含まれていたことから、多数の学術団体等が、博物館の質が保証できなくなるとして意見や反対声明をだした。勧告は今後の改革の指針となるため、博物館の将来に重大な影響を及ぼすと予想される。

3 提言の内容

(1)博物館の主要な使命はその保管する資料を次世代に継承し、地域に即した柔軟なサービスを継続的に提供することである。そのためには博物館の存立に一定の質を担保しうる普遍性のある基準が必要である。

(2)地方分権改革推進委員会による第3次勧告には、博物館法に定められた「博物館登録の要件」等を廃止または条例委任とするという内容が含まれており、これは博物館の質の低下と、サービスの地域的不均衡を招く可能性が高い。博物館があるべき質を保ちながら進化・発展するために、とりわけ登録制度の維持は重要である。

(3)地方分権改革推進委員会の掲げる「地方が主役の国づくり」を実現する場合においても、博物館が生涯教育・社会教育に対して果たす役割は十分に認識されるべきである。博物館は、情報化社会で失われがちな本物との出会いを保証し、人々の文化的・歴史的感性をはぐくむ場として欠くことのできない文化装置だからである。

以上