第5回 日本考古学協会賞

第5回(2014年度)日本考古学協会賞の発表

 第5回(2014年度)日本考古学協会賞は、6件の応募がありましたが、うち1件の辞退があり5件でとなりました。 2015年2月23日(月)に選考委員会が開催されて、日本考古学協会大賞に溝口孝司氏”The Archaeology of Japan: from the Earliest Rice Farming Villages to the Rise of the State”Cambridge University Press“、奨励賞には青野友哉氏の『墓の社会的機能の考古学』と長友朋子氏『弥生時代土器生産の展開』で推薦され、理事会の承認を経て、第81回総会において承認され、髙倉洋彰会長から賞状と記念品が授与されました。

受賞理由は、次のとおりです。

日本考古学協会大賞

溝口孝司 著
The Archaeology of Japan: from the Earliest Rice Farming Villages to the Rise of the State
Cambridge University Press  2013年11月13日発行

溝口孝司

推薦文

 稲作導入から古代国家誕生までの過程を、資料を使いつつ理論的に著したことは、海外の研究者が日本考古学とくに初期農耕から国家形成過程の考古学を理解することを助ける。海外の研究者だけでなく国内の研究者にとっても有意義である。日本考古学の国際化が叫ばれる中、外国語での研究発表や論文発表が徐々に盛んとなってきているが、体系的な単著としては今村啓爾氏の”Prehistoric Japan”以来であり、溝口孝司氏が本書を出版した意義は大きい。
 内容は概説的である部分もあるが、それはかえって海外の研究者が内容を理解するのをたすけるものであろう。弥生時代研究は氏のこれまでの研究をベースにした理論的枠組みが提示されており、そのオリジナリティは高い。
 とくに第2部の、人口増大等に促された社会の複合性の増大が種々の調整機能の発達をもたらし、協同性に依拠した社会構造の再生産システムが血縁集団を単位とする成層秩序に依拠する社会に移行するプロセスの説明は、氏のこれまでの墓制研究に基づくところが大きく、この研究は新たな弥生時代像を造り出したと評価できる。さらに、社会的コミュニケーションの長期的変容過程として、初期農耕社会から国家形成を理解するという歴史的枠組みは日本考古学にとっては新たな視点であり、今後、国家成立におけるフレームワークの1つとなって議論が積み重ねられることが予想される。
 ”The Archaeology of Japan“というタイトルながら、旧石器時代と縄文時代がほとんど顧みられていないのは残念であるが、それは本書の価値を傷つけるものでない。初期農耕導入期から国家成立のまとまった体系の書として理解すべきである。
 以上のように、本書は体系的で斬新な視点と豊富な内容を含み、海外に日本考古学の成果を発信するという点でも大きな意義を持つ。

日本考古学協会奨励賞

青野友哉 著
墓の社会的機能の考古学』 同成社 2013年3月1日発行

青野友哉

推薦文

 一般に墓の調査・研究は、過去の社会の考古学的研究に必要なさまざまな情報をもたらす重要な研究分野となっており、それゆえ遺構としての墓に残る状況から埋葬時の行為や葬法を客観的に観察・記録するための方法論を確立することは、時代や地域を超越して墓の考古学全体の基本的な課題の一つと言える。本研究の優れた点は、このような問題意識に立ち、遺構としての墓が形成されていく過程の時間的な経過と変化の問題に焦点を当てたところにある。
 第Ⅰ部では、埋葬環境を知る具体的な手がかりとして、墓坑覆土の土層断面の詳細な観察から、埋葬時に遺体の周りに空隙があったのか、土で充填されていたのかを判定する方法を検討し、その方法論の妥当性を近世アイヌ墓や弥生時代木棺墓を挙げて検証している。第Ⅱ部では、如上の研究法を縄文後期から続縄文期の墓の分析に適用し、当該期の葬法を独自の視点から再検討している。とくに注目されるのは、恵庭市カリンバ3遺跡の合葬墓が同時死亡・同時埋葬ではなく時間的経過を伴った順次の埋葬であった可能性を指摘したことであり、これが単純な複数遺体の合葬墓ではなく、各ムラの代表者が埋葬される共同墓として社会統合上の重要な機能があったと考察している。
 カリンバ3遺跡の合葬墓に関するこの新解釈に対しては、同遺跡の発掘調査者から土層断面観察の判断をめぐって反論が提起されており、事実関係は決着していない。また、遺構形成に関する状況判断がそのとおりだとしても、墓の社会的機能の考察にはやや解釈の飛躍が認められる。しかしながら、遺構の形成過程を十分検討せずに誤った解釈がなされる危険性は常にあり、このような議論が提起されたこと自体、墓の考古学にとって好ましいことと考える。より多くの事例を用いての検証が課題として残るが、むしろ青野氏の問題提起を意義深いものと評価し、またカリンバ論争のような議論が他の分野にも拡大することを期待する。

日本考古学協会奨励賞

長友朋子 著
弥生時代土器生産の展開』 六一書房 2013年2月28日発行

長友朋子

推薦文

 弥生時代の土器研究は、編年や製作技術と組成の変化、地域性と地域間交流、など各地で多くの蓄積がある。しかし、これまでは地域や時期、分析視角を限定したものが多く、初期の研究を除けば、通時的かつ広範囲を対象とする成果はいたって少なくなっている。その中にあって、本研究は、弥生時代前期から古墳時代前期までの畿内と北部九州の双方を取り上げて、土器の地域色、土器生産体制の変遷、外来食事様式の導入と食器組成の変化、東アジアの動向との関連など、弥生時代土器の生産を総合して論じる。また、土器の焼成痕跡の分析や、現代タイにおける野焼き土器生産の調査成果も加味する。個々の議論は、それぞれ一定の先行研究があるものの、それらを総合し、かつ詳細な分析に基づいて弥生土器生産体制の変遷や分業の問題まで論じる意欲的な論文と評価できよう。一部やや粗削りな部分があるとしても、近年、個別分散化する傾向が顕著な中にあって、今後の弥生土器研究に対して大きな刺戟となる力作であり、本書を日本考古学協会奨励賞に推薦する。