資料 2009.5.31
埋蔵文化財保護対策委員会では、ここ数年来、全国の委員に依頼してその年度の埋蔵文化財保護をとりまく状況についての調査を行ってきた。2008年度には36の都道府県から回答が寄せられた(2009年3月31日現在)。以下、これらの調査票を集計した結果をもとに、2008年度の状況について概観する。
例年と同様に、各地から報告されている事例は概ね次の3点に集約される。全体として今年度は自治体の財政難に起因する問題点の報告が目立ち、とりわけそれは史跡指定・整備・活用に関わる動向に顕著である。更に地権者や周辺住民との連携に問題を抱えている事例の報告もあり、文化財保護の在り方が問われる一年であったように思われる。
昨年度と同様に、各地で史跡指定と、今後の活用に向けた整備に関する事例や、それを念頭においた発掘調査や範囲確認調査の事例が多く報告された。しかしその一方で、自治体の財政難により整備や調査が進んでいない、或いは凍結に近い状況に陥っているという報告がかなり多くなっている。またこうした情勢の中で、史跡を所有している地権者とのトラブルも目立っている。
昨年度同様、個別の遺跡の保存問題は数多く報告されている。この中には、研究の進展に伴ってこれまで記録保存が及んでいなかった時代、遺跡が調査の対象として認識されたときの行政の対応に問題が見られるという報告や、自治体を取り巻く昨今の厳しい状況下において、試掘・確認調査を充実させ、事業計画の見直し等を含めた事業者との調整に力点を置くことで本調査範囲の限定を行い、現有の体制の中で通常の文化財保護業務を行っているという報告が見られた。
前年度まで全国の多くの自治体に見られた、暫定リストへの登載、提案書の提出に向けた動きは一段落し、今年度は世界遺産登録を目指す自治体による具体的な取り組みについての報告が見られた。こうした動向の中で、対象地域内の遺跡の保存問題や整備がなかなか進まない状況、行政主体で進められる世界遺産登録に向けた活動が地域住民の盛り上がりには欠け、登録の目的を疑問視する声があるという報告があった。
「発掘調査標準」「積算標準」等の基準整備の動きは、複雑多岐にわたる発掘調査を一つの「標準」にまとめるという作業内容の困難さに加え、今後の発掘調査の方向性を左右する重要性、開発側や社会に対する情報公開、説明責任の必要性なども手伝って、慎重な取り組みが重ねられている。それゆえ各県の捉え方もまちまちで進捗状況も様々な状況である。
しかし、名称やスタイルの違いはあるにせよ両基準の策定は着実に浸透し、策定済み、策定中との報告が目立つようになってきていることも事実である。先行して策定し施行中の自治体からは、地域の実情にそぐわない、長年の経験則と馴染まないといった声のほか、細部にわたる修正が必要との意見が聞かれる反面、開発事業者側への説明根拠として有効であるとか、県や他市町村との共通認識を持つことや調査者のスキルアップを図る効果があるといった声も寄せられている。
このほか、「民間調査機関導入に関する基準」等についても策定が進行している。これに伴い、調査主体や調査員の判断基準や調査監理を行う第3者機関の設置要綱などの基準を策定する動きも出始めている。
基準作りの必要性については、自治体担当者間で共通理解が得られているといえるが、今後、これらの基準がどのように運用され、活用されていくかを注視したい。地域による特性や新知見による調査視点の転換などに対する柔軟な対応が求められることはいうまでもない。また、基準、標準が策定される以上、社会的にもこれまで以上に発掘調査の必要性が認識され、評価されるとともに、基準が発掘調査の精度を向上させ、考古学的成果が共有される社会的環境が醸成されることに期待したい。
今回の調査結果から浮き彫りにされる地方行政の動向は、本年度も人員削減や配置転換などによる職員減少や退職職員の不補充問題、合併に伴う職員配置や施設配置の不均衡、更に好転しない地方財政を反映した、国庫補助金に対する都道府県の上乗せ補助金の削減などの報告が目立った。
職員配置の問題は、引き続き市町村合併による市町村域の拡大と、これを担当する専門職員の不均衡の問題が最大の問題として抽出できる。また、自治体の埋蔵文化財専門職員の数は、高年齢化に伴う調査の第一線からの引退のほか、配置転換、退職職員の欠員を補充しないなどの形で起こる職員減が大きな問題として顕在化してきている。昨年も指摘したとおり、正規職員の欠員を定員外の非正規雇用の職員で埋めるという状況が急速に増加し始めている。また、民間調査組織の調査員を派遣してもらい、教育委員会の調査体制の中に組み込んで調査を行う方法が常態化している市町村がある。将来にわたって監理の行き届いた調査体制が維持できるのか、様々な次元での調査情報の散逸を招くことはないかなど、非正規雇用職員問題と共に大きな問題を孕んでいるといえよう。
当面は、職員数の充足率の高い自治体でも、5年後、10年後の職員数と近年の新規採用者数との比較を、ある程度長期的な視点で見た時に、将来にわたる自治体の発掘調査体制の維持は、非常に不透明な状況にあるといわざるを得ず、適切な世代交代のためにも定期的な職員採用の必要性が高い。
地方財政の状況は一向に改善の兆しを見せず、国庫補助事業における都道府県の上乗せ補助の削減や廃止の報告が相次いだ。財政規模の小さな市町村にあっては、発掘調査にかかる経費の大半を国庫補助金に頼っていたり、国庫補助事業でないと予算が付かなかったりする状況が報告されているほか、文化庁が少額の補助事業を認めないため試掘調査すらままならないとの声も寄せられている。公共事業でも、事業本体の補助金が付いても、埋蔵文化財関係の予算確保ができなかったり、遺物整理や報告書刊行予算が捻出できなかったりする市町村現場からの悲鳴にも似た声が寄せられている。
また、合併にからみ、遺物収蔵施設や整理施設を統合できず、教育普及面や職員配置に支障をきたしているとの声や、遺物収蔵施設や教育普及施設に対する補助金の復活を望む声も複数寄せられた。
平成20年3月末に刊行された、文化庁「埋蔵文化財発掘調査体制等の整備充実に関する調査研究委員会」からの報告書は、結果的に地方自治体が行う発掘調査に民間調査組織が参入することを、十分な監理が必要との条件付けをした上で追認した形である。
一方、今回の調査結果からも明らかなように、同委員会と文化庁の認識は、地方自治体のおかれた状況や職員の意識とは大きく乖離している。職員問題の項目で述べたように、5年後、10年後まで見通したときに民間調査組織の「十分な監理」が果たしてどこまで可能であろうか。自治体の調査体制の堅持・発展なくして民間調査組織の活躍はありえないことを強く訴えたい。
後述の博物館・資料館の動向とも絡む問題であるが、博物館・資料館で埋蔵文化財行政を兼務しているケースでは、発掘現場と館務との人的、予算的調整が非常に難しくなりつつある、或いはすでに支障をきたし始めているとの報告が複数寄せられている。性格の異なる業務内容のほか、勤務シフトの遣り繰り等にも苦労が多いことと拝察する。報告が無いまでも、同様の境遇で苦労されている自治体担当者の数は潜在的にはかなりの数に上るものと推測され、こうした兼務発令の解消についても何らかの方策を考える必要があろう。
数年来続いている傾向であるが、事業量の減少などを要因とする調査組織の縮小が進んでおり、併せて新規採用もほとんど見られない。このため組織の高齢化も着実に進んでいる傾向がみられる。神奈川考古財団の「第3セクター以外の法人への移行」は、あと1年となった。2008年度では職員らによる見直しの運動は続けられているが、大きな動きにはなっていない。これは神奈川県だけの問題ではなく、組織の縮小・職員の高齢化などは他の外郭調査組織も共通して抱えており、数年先にはその存続が危ぶまれる可能性が高い。一連の動きの中では、一時的に発掘調査が急増した地域もあるが、民間調査組織を導入したり、余剰職員を他の財団から派遣するなどの対応が見られ、外郭調査組織の活動の長期的な展望は望めない。
一方このような状況下で、積極的に市民への普及活動を実施したり、博物館施設の指定管理業者になるなど、発掘調査事業以外の活動が見られるようになってきた。
『今後の埋蔵文化財保護体制のあり方について』の報告が出されたことや、昨年12月に関東地方に拠点を置く民間調査組織の倒産が発生したこと、更に「資格問題」等も絡み、民間調査組織に関しては例年を上回る多数の回答が寄せられた。内容についても、昨年度の導入事例の報告や漠然とした懸念から、対応に苦慮している実態や事例を分析し懸念される具体的事例や改善すべき方向性なども寄せられ始めている。
民間調査組織の導入事例は、関東地方に多い傾向が顕著に窺われる。これは、多くの民間調査組織が拠点を関東地方に置くことと関連があろうが、発掘調査の件数や専門職員の配置の実態とも密接に関係するものと思われる。
導入の方法は、自治体の調査組織に組み込むケースの他、民間開発業者が調査組織を指名して調査が行われるケースなど様々である。十分な監理が行われている事例では、大きな問題は発生していないが、その場合自治体職員は、結果的に調査現場に常駐することなり、仕事量の軽減や、経費の節減効果は思ったほど上がらない様子が窺われる。
「山武考古学研究所」の倒産に関しては、千葉県、埼玉県、群馬県、茨城県、新潟県などから詳しい状況やこの事例を踏まえた改善点などが寄せられている。実際の被害は自治体だけではなく、民民契約で調査を進めた開発事業者にも及んでおり、一つのケースとして今後の動向に注目したい。民間調査組織を管理する自治体としては、導入時に確認すべき課題が浮き彫りにされた形であり、教訓を風化させること無く今後に生かすよう心掛けるべきである。民間調査組織の倒産、廃業は、神奈川県でも別の事例が報告されており、折からの経済状況の悪化等とも絡み注意が必要であろう。
民間調査組織導入問題に関しては、冒頭でも述べたように地域によって状況が大きく異なることが特徴として挙げられる。導入事例が圧倒的に多く問題点が浮き彫りにされている関東地方と、発掘調査の絶対量とともに導入事例の少ない北海道・東北地方と中国・四国地方、また民間でも老舗の研究機関が行政以上に古くから発掘調査を行ってきた実績のある近畿圏では、それぞれこの問題を捉える視点に大きな隔たりがあるようである。
国がすでに民間調査組織導入に舵を切っている今、問題の所在を明確にし、導入についての自治体の共通認識を構築することが急務であろう。
昨年度と同様に、人的・予算的に厳しい状況が多く報告されている一方、人文科学や歴史遺産の保存・活用を扱う学科など、従来より広い分野を扱う学科に考古学が統合される傾向が見られるようである。また大学が行った発掘調査の報告書が長期間刊行されていない事例も報告された。
大学による発掘調査が実施されている事例は多く報告されているが、その一方で考古学実習の場や、学生が発掘調査や整理作業を経験する場の確保が難しくなっている状況も報告されている。
①に見るように人的・予算的に厳しい状況が続くなか、発掘調査・研究を地元自治体との連携によりを進めていく事例が幾つか報告されている。更に市町村職員を対象として保存科学等の講座を開設している事例もある。また行政の側からも調査・報告後の資料の再分析等、既存資料の活用について協力や支援の検討を望む声がある。
発掘調査における現地説明会や、公開セミナーの開催がある。また大学が調査・研究している遺跡について、今後も継続的に活動し、その成果を地域に還元するために博物館施設を開館する事例や、先の③とも関連するが、地域に根ざした研究活動を行うことにより、地元の博物館活動に貢献しているという事例も報告されている。
文化財の普及公開、保管を担う博物館・資料館等も、昨年度と同様に依然厳しい状況が続いている。どこの館でも「効果的」・「効率的」な運営が求められており、このままでは資料の保存・活用機関としての役割が十分に果たせなくなる懸念がある。
財政難等に伴い、博物館の運営予算や人員の削減は一層進んでおり、企画展の規模縮小や中止などを余儀なくされている館が多い。更に施設維持管理のための最低限の予算しかつかず、事業が全く展開できない事例も少なくない。人員の削減も依然深刻で、退職者がでても補充されなかったり、補充されても専門学芸員でない事例、嘱託職員が削減される事例などが見られる。この結果、収蔵資料の管理面で支障が出たり、ソフト・ハード両面にわたりノウハウの蓄積ができないなどが懸念されている。更に、施設や展示などの老朽化も目立ちはじめているが、財政難などからその改修や建替えの展望が組めないところがほとんどである。
2008年に大阪府が提案した博物館の廃止・売却を含めた「見直し」に対しては、日本考古学協会でも要望書を提出し、地元の根強い反対運動などの結果、統合・売却は回避された。しかし、大幅な予算削減や存続に見合う入館者の確保などの厳しい改革を迫られている。これに象徴されるような博物館の閉館・統合の動きは全国で起こっており、閉館する館、財政が好転するまで数年間休館を余儀なくされた館、開館日数を減らす館の事例などが報告されている。
博物館・資料館への指定管理者導入の動きは更に進んでいる。財団等が指定管理者として運営してきた館では、第1期目の指定管理期間が終了して2期目に入るところもいくつか見られるが、多くは引き続き同じ財団等が運営することとなった。しかし、将来的に指定管理者であり続けられる保証はなく、運営の継続性の点で課題が残されている。
また、資料管理や学芸部門は行政直営として残し、施設の管理や運営だけを指定管理者に移行するケースも多いが、異なる組織の中で活用の利便性に不具合が生じることも懸念されている。更に資料の取扱いに未熟な事業者や地域を知らない事業者、専門職のいない組織に指定管理される例も出始めており、資料の保存・活用面で不安が生じている。
2008年6月に発生した岩手・宮城内陸地震の際には、NPO法人宮城歴史資料保全ネットワークの積極的な活動が注目されたが、行政面での埋蔵文化財に対する救済体制は不十分だったことが報告されている。一方、山形県文化遺産ネットワークの結成、関東甲信越静ブロック内での災害時の文化財保護のための都市間協力に関する検討会の設置、静岡県での災害時における文化財保護のマニュアル作成など、災害時の文化財の救済体制づくりが少しずつではあるが進んできていることも報告されている。
過去の災害に対して各地がどのように対処してきたのか情報を共有し、今後おこりうる災害に対して備え、実効性のある救済体制を整備していくことが必要であろう。
現在埋蔵文化財の発掘調査にかかる資格制度は、日本文化財保護協会の資格に加えて早稲田大学による資格養成プログラムが開始され、文化庁も検討を進めている。この問題に対する関心は、発掘調査に民間調査機関を導入している地域に高い傾向がある。資格自体が不要であるとの意見がある一方で、担当者としての専門性を担保するために資格制度の早期導入を図ってほしいとの意見も寄せられている。この他には、資格の内容として文化財保護全般の監理システムまでを視野にいれたものとする必要あるという意見や、受け皿となる自治体との調整が伴わないと意味をなさないとの指摘、個人だけでなく会社自体の資格も必要などの意見が寄せられた。
ここ数年来の文化財保護行政を取り巻く環境の大きな変化の中で、本年度も現場の厳しい状況が数多く報告された。とりわけ財政難による事業の縮小・休止が、ほぼ全ての設問項目で報告されている。これまで現場の第一線にいた行政担当者の高齢化、そして退職者の非補填問題は、発掘調査担当、博物館・資料館にとって共通の問題である。従来から予測されていたとはいえ、民間調査組織、指定管理者の台頭も顕著な動向といえるが、それがこうした行政組織の先細り、弱体化に呼応して行われることは、憂慮される。保護行政の質が問われている事態といえよう。