埋蔵文化財の調査に関わる資格制度を実現または、検討する動きは2007年に始まった。日本文化財保護協会は、2007年以降埋蔵文化財調査士・同調査士補の資格試験を実施し、資格取得者を公表している。同年、早稲田大学も文部科学省の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」に「埋蔵文化財調査士の養成および資格授与のための埋蔵文化財科学実践プログラム」で応募して採択され、2008年度から始動し、資格取得者を輩出している。これらをうけて、文化庁は2008年から資格制度の創設に向けた検討を開始した。
研究環境検討委員会では、埋蔵文化財に関わる資格制度は会員の研究環境に大きな影響を与えると考え、まずは資格制度の現状、検討の進行状況などについて会員の皆様にお伝えするとともに、シンポジウムを開催し、すでに動き出した二つの資格制度と文化庁により検討が始められた資格制度についてご意見を広く集めることとした。
研究環境検討委員会及び委員が2008年以降実施した資格制度及び研究環境に関わる研究発表、ポスターセッション、シンポジウムは以下のとおりである。なお、2010年度末に西南学院大学のご協力をいただき、九州シンポジウム開催を計画したが、実現しなかった。
以上のような研究環境検討委員会の活動は随時会報で報告している。
シンポジウム「埋蔵文化財の資格制度を考える」は早稲田大学で開催された第75回総会、研究発表会及び関西大学で2回開催された。シンポジウムでは、研究環境検討委員会のこれまでのスタンス、埋蔵文化財保護対策委員会の考え方を提示するとともに、日本文化財保護協会から文化財調査士、文化財調査士補の資格について、早稲田大学から考古調査士上級、1級、2級の資格について、文化庁からは現在検討中の資格についての説明を受け、引き続いて意見交換が行われた。また、会場では資格の必要性、資格の内容、日本考古学協会の今後の対応についてのアンケートをお願いした。第75回総会、研究発表会でのシンポジウム参加者は300名を超え最大で320名程度であった。関西シンポジウムは参加者200名程度で活発な意見交換が行われた。いずれも5本の発表ののちに事実関係の確認を行い、続いて討論を行った。討論のテーマはアンケート項目と同じく次の3点である。討論では@、Aが密接不可分のため、分けずに意見が出された。
回答者数85名。58%が関東在住者であるため、東北、北海道、西日本等の傾向はつかめていない。資格の要不要、資格内容について、特定の意見と会員、所属、住所等との顕著な相関関係は認められない。ただ、資格制度への日本考古学協会の関わり方については、民間調査機関の回答者とそれ以外ではやや意見の違いがある。
<回答者の内訳> | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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回答者数39名(回収数は40だが、1名は未記入)
<回答者の内訳> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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項目1.埋蔵文化財に関わる資格制度の必要性についてどのようにお考えでしょうか。
おもな理由として@国民共有の財産を扱う責任、A対外的客観性、B技術格差の是正、C専攻生への動機付け、D民間導入の際の判断基準、E担当者能力の対外的表示などがあった。
おもな理由として@学術行為としての発掘調査への制約を危惧、A民間委託の助長を懸念、B資格が効力を発揮する環境がない、C資格取得が目的化するおそれ、D資格以外の方法で懸案に対応できる、などがあった。
項目2.もし、資格制度を必要と考える場合に、どのような内容の資格制度が必要とお考えでしょうか。また、不必要とお考えの場合にはどのような理由で不必要とお考えでしょうか。
@発掘調査技術面に限定した資格、A発掘調査だけでなく監理、保存活用までふくめた包括的な資格、という二つの立場に大きく分かれ、関西シンポでは後者が多い傾向があった。
項目3.日本考古学協会は今後資格制度の問題について、どのように取り組むべきとお考えでしょうか。
一定の関わり(中立的な立場での提言も含めて)を持つべき、関わるべきでない、という二つの立場が見られる。前者は行政、後者は民間調査機関所属の回答者に多い傾向。関西シンポでは関わるべきでないという強い主張がなかった。情報の提供や自由な議論の場を設けることを期待する意見もあった。
第75回総会シンポジウム(早稲田大学)、関西シンポジウムを通じて多くの意見が寄せられた。全体に資格制度を不要とする意見は比較的少数で、資格制度の目指すべき方向に違いがありながらも必要とする意見が多数であった。また、調査技術に限定した資格とすべきとする意見と保存、活用を視野にいれた埋蔵文化財保護行政全体に対応すべきとする意見に分かれた。日本考古学協会のこれからの対応については関わるべきでないとする意見は少数で、情報を提供し、より良い方向を提案するなど、一定の関与をするべきとする意見が多数であった。
シンポジウムの意見交換、アンケートの回答を通じて述べられた以下の意見には比較的多くの賛同が得られたと思われる。
文化庁による資格制度の検討は、2009年3月に「埋蔵文化財保護行政における資格のあり方について(中間まとめ)」が公表されて後に目立った進展がない一方で、地方分権改革推進委員会第3次勧告で、博物館資料、学芸員、施設の必要性を示す博物館法第12条の第1項から第3項の削除が示された。また、埋蔵文化財保護体制についても神奈川県の状況を含め、各地で問題が顕在化しつつあった。
研究環境検討委員会ではこのような状況を踏まえて、これまでの第75回総会、関西のシンポジウムとは形を変え、資格問題と合わせて博物館の現状と問題、埋蔵文化財保護体制の問題を合わせて取り上げ、シンポジウム「厳しさを増す研究環境を考える」を2010年3月に東北学院大学で、同年5月に第76回総会(国士舘大学)で開催した。
シンポジウムでは、埋蔵文化財に関わる複数の資格制度が動きだし、包括的な資格制度が検討されている現状、団塊の世代が大量に退職する一方後任は補充されず、若い世代の埋蔵文化財担当者が非常勤職員などの不安定な立場におかれ、埋蔵文化財保護体制に危機的な状況にあること、地方分権、経済改革が進められる中で博物館の財政は逼迫し、基盤となる博物館法に手を加えられようとしているなどの諸問題について発表され、活発な意見交換が行われた。また、会場で@資格制度への意見、A文化財保護体制の抱える問題、B博物館をめぐる状況についてのアンケートを実施した。
両シンポジウムともに会場の意見、アンケートの意見に共通して、資格制度の問題と合わせて、埋蔵文化財保護行政の現状を大きな問題として捉える意見が多かった。また、行政改革の中で厳しい状況に直面している博物館の在り方についても多くの意見が寄せられた。なお、非常勤職員の問題についても多くの問題が指摘された。研究環境検討委員会としては、この問題は常勤職員の年齢構成の問題、退職者後任の不補充の問題と合わせて大きな問題と認識している。シンポジウムで議論された諸問題はいずれも考古学が基盤としてきた社会との関係に深く関わっている。研究環境検討委員会としては検討を続けていきたい。
シンポジウム「埋蔵文化財の資格制度を考える」、シンポジウム「厳しさを増す研究環境を考える」の開催にあたり、早稲田大学、関西大学、国士舘大学、東北学院大学、西南学院大学に多くのご協力を頂戴した。日本文化財保護協会戸田哲也氏、早稲田大学高橋龍三郎氏、文化庁禰宜田佳男氏には発表をご快諾いただいた。また、会場ではお集まりの会員諸氏から活発なご発言をいただき、多くの皆様からアンケートの回答が寄せられた。皆様に心より感謝申し上げる。
研究環境検討委員会では、これからシンポジウムを通じて寄せられました多くのご意見の検討を継続し、さらに研究環境について考えていくことにしたい。検討を深めるためにも会員の皆様に引き続きご意見を頂戴したい。
埋蔵文化財調査の資格制度に関するシンポジウムに関しては以上のとおりであるが、以下にその後の状況を簡潔に提示するとともに、今後の動向を注視したい。
早稲田大学が文部科学省の「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」に応募し、採択されて始動した「埋蔵文化財調査士の養成および資格授与のための埋蔵文化財科学実践プログラム」は、2009年度末をもって文部科学省委託事業期間が終了した。2010年度から「考古調査士資格認定機構」が運営しており、同機構の公式サイト(http://www.jabar.jp/index.html)において関係情報が公開されている。それによると(2011年10月15日時点の記事)、加盟大学は、早稲田大学・札幌大学・金沢学院大学・國學院大學・国士舘大学・昭和女子大学・札幌学院大学・札幌国際大学・京都橘大学の9大学、資格取得者は2008年度:上級0名・1級0名・2級48名、2009年度:上級4名・1級5名・2級191名、2010年度:上級0名・1級9名・2級34名となっている。
2005年に設立された日本文化財保護協会は、内閣府公益認定等委員会による公益認定の答申を受けて2009年4月1日に公益社団法人となった。同協会の公式サイトによると正会員は80社、賛助会員は6社、資格取得者は、埋蔵文化財調査士252名・埋蔵文化財調査士補167名(2011年3月1日現在)である(http://www.n-bunkazaihogo.jp/)。また、2011年2月から「目指せ100万人の考古学」と謳う「考古検定」が始まり、2011年2月から11月まで3回実施されるもようである(http://www.n-bunkazaihogo.jp/koukokentei/about/)。
表記委員会は、2008年度に新たな資格制度の創設に向けた検討を開始し、2009年3月31日付で「埋蔵文化財保護行政における資格のあり方について(中間まとめ)」を公表した(http://www.bunka.go.jp/bunkazai/houkoku/pdf/maizoubunkazai_090528.pdf)。 同委員会は2009年度は開催されなかったが、2010年度末の2011年3月1日に再スタートし、2011年度も検討が行われている。動向を注視したい。
日本学術会議史学委員会に設置された「文化財の保護と活用に関する分科会」・「美術館・博物館等の組織運営に関する分科会」等に考古学者が参加している。この2つの分科会が2011年8月3日付でそれぞれ「歴史学・考古学における学術資料の質の維持・向上のために−発掘調査のあり方を中心に−」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-4.pdf)・「地域主権改革と博物館−成熟社会における貢献をめざして−」(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-3.pdf)という提言をまとめ、公表した。ともに考古学や埋蔵文化財行政の今後に深くかかわる提言であり、日本学術会議会員である木下尚子氏には、別途、次回会報や公式サイトに情報提供していただく予定である。