2011年3月11日(金)に起きた東日本大震災に対し、当協会では3月26日(土)開催の理事会において協議を行い、以下の5点を承認した。@「東北関東大震災(4月1日「東日本大震災」と改称)緊急対応特別委員会準備会(仮称)」を設置し、石川理事・近藤理事・佐藤理事・渋谷理事が担当する。A早急に会長声明を表明する。声明原案を総務会で作成し理事に回覧したうえで公表する。B第77回総会時に「東北関東大震災緊急対応特別委員会(仮称)」の設置を諮る。C必要ならば第77回総会時に大震災対応に関する決議を行う。D被災会員への対応は、阪神・淡路大震災ののち「会費規則第4条」並びに、それに伴う「会費免除期間の基準」が設置されており、今回は寄付金と会費免除で対応することとする。
この決定に基づき2011年4月1日付けで「日本考古学協会会員ならびに関係者の皆様へ」と題する会長声明を出すとともに、ただちに会員の安否確認と文化財の被災状況などの情報収集活動を開始した。青森・岩手・宮城・茨城各県在住の協会員504名の安否確認は情報網が混乱するとともに、自治体関係者も被災者支援業務に専念していたこともあって、容易ではなかった。4月7日(木)段階で、377名、4月19日(火)に至っても249名との連絡が取れず、協会員の人的被害がなかったことが確認されたのは総会直前であった。
4月14日(木)には、文化庁において文化財レスキューや今後の復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査の見通しなどについて情報交換を行い、その後開催された準備会において、関係機関との連絡を密にして引き続き情報収集に努め、当会の活動や文化庁が主導する「文化財レスキュー事業」、民間の文化財救援事業への支援金・寄付金の呼びかけを行うことを4月理事会で提案すること、また、総会前に準備会で現地視察を行うことを決定した。4月23日(土)開催の理事会では、特別委員会の名称を「東日本大震災対策特別委員会」とし、事業年度は2016年5月までの5年間とすること、寄付金の募金活動を開始すること、5月29日(日)の第77回総会研究発表において「緊急報告会:東日本大震災に直面して−被災地からの報告及び阪神淡路大震災に学ぶ−」を開催することについて、承認を受けた。
5月13・14日(金・土)の両日、準備会メンバーが宮城・岩手両県を視察した。両県教育委員会の文化財担当者や両県考古学会、史・資料の救済を行っている民間ボランティア団体と面談し、震災の被災状況、復興事業に伴う埋蔵文化財の取り扱いに関する考え方や、文化財のレスキュー活動の現状について協議を行った。岩手県では内陸の自治体によって津波被災地の考古資料等文化財の救済が始められ、宮城県でも5月の連休以後に文化庁主導の文化財レスキューが開始されたという。震災後2ヶ月を経て、各自治体の文化財担当職員も漸く被災者支援業務から本来の職務に戻りつつあるが、まずは被災した一般文化財の修復計画の策定が急務とされ、復興事業に伴う埋蔵文化財の調査計画は復興計画そのものが策定されなければ展望できないとのことで、震災後1週間で復興調査の方向性が定まった阪神・淡路大震災の状況とは大きく異なることが明らかとなった。さらに、原発問題を抱える福島県の避難地域は、今もなお、震災直後の状況で凍結された段階であり、被災状況の確認もできない事態が続いていた。
このようなことから、総会前日に開催された理事会において、総会で特別委員会の設置が認められたとしても、@未だ復興計画が立案されていない現状から、特別委員会の今後の活動計画を立てられる状況ではなく、状況をみながら対応を考えていくこと。A特別委員会の構成は10名程度を予定しているが、上記のような現状にあることから、当面は準備会の担当理事4名で発足し、順次委員を補充していくかたちをとりたい。B併せて「会費規則」に基づく被災会員への対応や、募金活動による支援金集めの活動も進めていくこと、が承認された。
5月28日(土)の総会で「東日本大震災対策特別委員会」の設置が可決され、翌日のセッション7で「緊急報告会:東日本大震災に直面して−被災地からの報告及び阪神淡路大震災に学ぶ−」を開催した。
熊谷常正氏「岩手県の被災状況」、辻秀人氏「福島県・宮城県の被災状況」の報告の後、櫃本誠一理事から「阪神淡路大震災と埋蔵文化財」の報告があり、引き続き参加者との意見交換がなされた。被害甚大で、今なお捜索活動が続く中、まだ、文化財救済活動を行える状況にはないとの被災地からの声や、地方分権が進み阪神・淡路の際とは埋蔵文化財行政を取り巻く環境も変わってきている中で、今後の復興事業に伴う調査体制をどう構築するのかが大きな課題であるとの認識も示された。
特別委員会の設置に伴い、「会費規則」及び「会費免除期間の基準」に基づく被害申請書の受理機関が定まったため、被災会員に対する会費免除申請書を受け付ける旨を6月20日付けで公式サイトに掲載した。「会費免除期間の基準」には定められてはいなかったものの、福島第一原子力発電所関連の被害に遭われている会員には、緊急対応的な措置として5年間の会費免除とすることとした。なお、11月11日(金)現在までに申請のあった会員は5年間免除が46名、10年間免除が5名となっている。
準備会の担当理事4名で発足した特別委員会では、総会後も引き続き情報収集に努めることとなったが、6月に入ると岩手県大船渡市の国史跡蛸ノ浦貝塚に復興住宅を建てたいとの要望が出されたとの新聞報道があり、引き続いて同県宮古市での住宅移転に伴う高台での事前調査が復興の難題との記事が載るなど、復興と埋蔵文化財が報道でも取り上げられるようになってきた。このような状況の中、特別委員会ではこの問題に対して協会としての意見表明を急ぐ必要があるのではないかと考え、特別委員会で案文を検討・作成したうえで、7月12日(火)に「東日本大震災復興事業に伴う文化財の保存・調査に望む」と題する会長声明を公式サイトに掲載するとともに、8月刊行の『会報』173にも掲載した。
7月17・18日(日・祝)には、担当理事4名で茨城・福島両県の会員や市町村の担当職員各位の協力を得て視察を行い、7月23日(土)の理事会で以下のような報告を行った。
茨城県では埋蔵文化財に関する被害状況は何れも揺れによる亀裂の発生と法面崩落で、津波被害はない。4ヶ所の視察を行ったが、復旧に課題も認められた。
福島県の被害は揺れによる被害、津波被害、原発被害と多様であり、特に、原発被災地は状況確認もできておらず、文化財行政もストップしたままという市町村が多い。4ヶ所で視察を行ったが、被害が大きく、解決には課題が多い。
茨城・福島視察後の情報収集によると、岩手県の沿岸部では個人住宅の建設に伴う小規模な発掘調査が始まっているが、これは、通常の文化財行政の枠内の事業として行われており、各県や市町村の復興計画の策定に伴う埋蔵文化財の本格的な発掘調査は2012年度からとなる見込みである。文化庁は9月28日付で2012年度から地方自治法による埋蔵文化財調査職員の被災地への派遣を全国の自治体に要請した。また、国の2011年度第3次補正予算案に国指定文化財等について39億円が計上されており、この中には埋蔵文化財の確認調査費も盛り込まれていると聞く。
特別委員会活動等に要する経費とするために、会員各位にお願いした寄附金は10月で100万円に達した。10月理事会でこの使途について検討した結果、手始めに岩手・宮城・福島各県で考古資料や歴史資料、民俗資料などの救済活動を続けている「岩手歴史民俗ネットワーク」「NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク」「ふくしま歴史資料保存ネットワーク」の各ボランティア団体に10万円の活動資金を寄附することとした。寄附された会員各位の志を活かすためにも、早い段階での有効活用が必要と考えた次第である。
文化庁からの派遣申請や国の第3次補正の成立に伴い、復興計画に伴う埋蔵文化財の調査計画策定も本格化することが予想される。特別委員会では被災した各自治体に対して復興のための埋蔵文化財の調査が円滑に進行するうえでの問題点がないかどうか、また、当協会に対する要望事項などについてアンケート調査を実施することとしており、この結果を踏まえて、今後の特別委員会の活動方針を定めていきたい。また、4名の担当理事で発足し、当面は情報収集に努めるとしていた特別委員会も本格的な活動のために体制を整える時期が近づいている。委員構成をどのようにすべきなのか、急ぎ検討していく必要がある。
(東日本大震災対策特別委員会委員長 渋谷孝雄)