2011年3月11日に起きた東日本大震災に際し、日本考古学協会では、3月26日開催の理事会において準備会を発足させ、第77回総会で「東日本大震災対策特別委員会」を立ち上げ、総会研究発表では緊急報告会を開催した。その活動の経過については『会報』174で報告した。
その後、津波被害にあった各県沿岸部の市町村を対象にアンケート調査を行うとともに、2012年2月には東北の被災3県教育委員会の埋蔵文化財担当課との情報交換を行った。さらに、4月に文化庁記念物課との面談を行い、復興事業に伴う埋蔵文化財の発掘調査についての課題等について意見交換を行った。以下、『会報』174以降の活動について報告する。
2011年11月24日付けで津波によって被災した岩手・宮城・福島・茨城各県沿岸部の計46市町村に復興事業に伴う埋蔵文化財の発掘調査についてアンケート調査を実施し、35市町村から回答を得、『日本考古学協会第78回総会研究発表要旨』セッション6の趣旨説明にその結果を記載した。一部重複となるがアンケートの内容と、回答の概要は以下のとおりである。
復興事業に伴う発掘調査事業量を十分に把握している市町村は少なかったものの、福島、茨城の各1町村を除く圧倒的多数の市町村から現有職員での対応は不可能と回答があった。また回答時の予測で、2012(平成24)年度には22〜27人、2013(平成25)年度には25〜30人以上、2014(平成26)年度には21〜26人以上、2015(平成27)年度16〜21人、2016(平成28)年度15〜19人が不足するとの回答が寄せられた。不足する調査員をどうやって確保したいのかという質問には、地方自治法の職員派遣を活用できるよう県に要請したいというものが最も多く、臨時を含む職員を新規採用すると回答した市町村に加え、民間事業者への委託も考慮しているという市町村もあった。
調査費の負担については国の第3次補正の前であったため、負担に問題はないという回答より、負担の見通しが立っていない、負担できる見込みはないとの回答が大幅に上回っていた。
日本考古学協会に望むことには市町村の埋蔵文化財専門職員が抱える切実な問題が記されていた。
2012年2月16〜17日に岩手県、宮城県、福島県の東北3県教育委員会の埋蔵文化財担当課を訪れ、復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査の見通しについて意見交換を行った。
その結果、県が調査主体となる復興事業に伴う発掘調査は、3県ともに高速道路や高規格道路建設によるものがメインとなること。2012年度の前半は文化庁が主導した派遣職員を活用し、予定通りの調査を行うことができる見通しであること。また、年度後半も派遣職員の追加措置をお願いしており、県が主体となる発掘調査や試掘調査についての調査員の確保については問題がないと認識していること。2012年度の試掘調査の結果で、2013年度以降の全体の調査事業量を把握できる見通しであること。
高台移転などの復興事業に伴う調査は市町村教委が主体となるが、現段階では3県とも各市町村の復興計画が固まりつつあるものの、発掘調査計画を具体的に把握するには至っていないとのこと。
岩手県では高台移転や集落移転は5軒(以上)が一単位となるので、小規模移転が頻出する可能性はあるが、集団移転の規模・頻度は他県よりも低いと予測しているとのこと。ただし、宮古市では遺跡のあるところに大規模移転が計画され、当該市の対応能力を超えているが、調整の結果、この調査事業は岩手県文化振興事業団が受託することとなったため、事業の遂行に問題はない。
宮城県では沿岸部15市町を中心に復興事業計画を策定中で、具体的な事業については、今後調整が必要だが、土地区画整理や復興公営住宅、集団移転に伴う大規模な土地造成が2、3の市町で計画されているとのこと。また、沿岸部の市町の半数は専門職員が未配置か1名体制であるため県教委が協力または主体となって調査を担当することになるとのこと。この体制を組むために他県派遣職員の出張により調査支援することを考えているとのこと。
福島県では警戒地域を除いた新地町・相馬市・南相馬市・いわき市が復興事業に伴う発掘調査が必要となる。復興事業計画は申請済みである。発掘調査事業量は多いが、いわき市をのぞき担当者が少ないか、未配置の市町ばかりのため、県教委の支援が必要。他県派遣職員を「出張」支援させることを考慮しているとのこと。
3県とも2012年度の後半以降、市町村の復興計画に伴う発掘調査が増加する見込みとなり、市町村への人的支援が増加することも予想される。それに対して十分な対応ができるかどうか、現段階ではその見通しは立っていないとのこと。
また、宮城県から復興庁の予算査定が厳しく、埋文調査費も思うように確保できないことから、復興に伴う埋文行政の進捗を損なう恐れがあるとの指摘があった。
津波被災市町村のアンケートにもあるように2012年度後半から派遣要望数が増大する。この数は他都道府県の派遣可能数をはるかに上回る可能性もある。調査職員をどう確保するか、具体的な方策を早期に検討する必要がある。法的に困難とされた他県公益財団職員の活用や、退職専門職の活用等の方策を検討する必要があるのではないかと考えられる。
このほか、福島県からは以下のような意見が出された。
福島県における原発放射能問題は深刻である。中間貯蔵施設の建設問題に象徴されるように、除染をすすめるにあたって必要不可欠な施設・事業を行う際にも、埋蔵文化財保護の理念を尊重することが重要である。さしあたって、中間貯蔵施設建設予定地は、周知の埋蔵文化財包蔵地を回避するとともに、遺跡の除染にあたっては、保護の対象となる遺跡本体を傷めないような方法を採用すること等を、事業者に訴えていかなくてはならない。また、警戒区域外では、埋蔵文化財に関する風評被害の解消に努める活動を行っていく必要がある。
文化庁では阪神・淡路大震災の時と同様被災3県に対して、全国の自治体に埋蔵文化財調査職員の派遣を呼びかけ、この4月から総勢20名が被災3県に派遣され、本格的な復興事業に伴う発掘調査が始まっている。このことも踏まえ、2012年4月24日に文化庁記念物課の関係者と面談し協議を行った。まず、特別委員会側からこれまでの活動を紹介し、つぎのような依頼を行った。
年末に実施した被災市町村に対する復興調査アンケート結果をみると、復興調査費自体は復興事業交付金で措置されるときくが、復興庁の査定が厳しかったとの声があった。今後調査を担当する人員不足が深刻となる恐れが高いこと、また、市町村の専門職員は遺跡が高台移転等の復興事業の阻害要因といわれ、自治体内部で「文化財保護を声高に言える状況にない」とのことで、職務遂行に不安を感じているとの声がある。市町村へ万全の支援ができるよう配慮をお願いしたい。また、今年度後半以降不足が予想される人材確保の方法・体制、それに関連して民間調査機関の導入・活用、放射能汚染文化財のレスキューや除染、中間貯蔵施設問題等に関する文化庁の考え方と対応について意見を伺いたい。さらに、「埋文は復興の障害」とする報道が最近目につくが、文化庁として埋文調査の必要性を強く訴えて欲しいとの要望も行った。
文化庁からは以下のような回答があった。
以上のように、文化庁と協会の基本姿勢に違いはないことを相互確認できたが、2012年度は調査担当職員に不足は来さないという文化庁の理解と、協会のアンケート調査との間に数字の開きがある。月1回のペースで開催される文化庁と被災3県の連絡会議で具体的な数字も見えてくるものと思われる。2013年度以降も含め、不足が予想される人員確保の方策は、いままでの地方自治法による調査担当職員の派遣というこれまでにとられた方法以外に特段の手当てを考えている様子は窺えなかったが、具体的な不足人数が明らかとなった時点で、埋蔵文化財の調査と復興事業が円滑に進められるよう調査人員確保のため必要な施策を講じていただきたいし、協会としても最大限の努力をしなければならない。
2012年1月28日に開催された理事会で、特別委員会規定第2条に基づき3月の『会報』175で公募を行い、5月の第78回総会で新体制の承認を得ることが了承されるとともに新体制の構成案につき協議が行われた。協議の結果、新体制の構成は13名程度とし、そのうちの3名を公募枠とすることが了承された。
これに基づき、『会報』による公募を行い、応募者の中から3名の委員を選出するとともに、4月28日の理事会で委員会は第1部会(復興調査等)、第2部会(被災文化財・研究会記録等)、第3部会(文化財レスキュー・放射能汚染文化財等)の3部会制とすること、被災3県枠の3名の委員の推薦を各県考古学会に依頼することが了承された。
5月25日の理事会で各県考古学会推薦の3名の委員を選出し、担当理事3名、継続委員3名、公募委員3名が決定したこと及び各部会の委員数の配分が了承され、これに基づき5月26日の第78回総会で報告を行い了承された。なお、新体制による第1回委員会は6月25日に開催する予定である。
5月26日開催の第78回総会において、委員会の体制充実とともに、3月末日で締め切った募金が総額1,345,035円に達したこと、被災3県の文化財レスキューのボランティア団体に各10万円を交付したこと、残りは被災地の市町村からの意見にあった発掘調査の指導・助言に対する経費等として今後使わせていただきたいとの報告を行い、了承された。
また総会では、原子力発電所の事故により深刻な放射能汚染の影響を受けている福島県内の文化財を保護・保管する総合施設を、福島県内に早期に設置することを望む決議文「福島県の原発事故被害区域に所在する文化財の保全に関する決議」を採択し(16・17頁参照)、5月29日付で内閣総理大臣をはじめとする関係部局に送付した。併せてこの問題は各分野に亙る学術団体が連携する必要があると考え、日本学術会議東日本大震災復興支援委員会をはじめとする45団体に決議内容を伝えた。
5月27日にはセッション6「東日本大震災から1年−文化財の被災と復興に向けて−」を開催した。その構成は以下のとおりであった。