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倫理綱領制定に関する基本的な考え方

2003年5月24日
委員会提案

1.倫理綱領をめぐるこれまでの経緯

 日本考古学協会の委員会や総会において、会員の倫理をめぐる問題が議論されたことは過去にも何度かあった。近年では、いわゆる「旧石器捏造事件」発覚直後の「上高森遺跡問題等についての委員会見解」(2000年11月)のなかで、「協会として研究者倫理の徹底についても検討に取り組みたい」という考えが示されている。さらに、昨年の第68回総会の「前、中期旧石器問題に対する会長声明」において、「日本考古学協会として考古学研究者の倫理をめぐる討議を深め、新しい倫理綱領の制定をめざ」すことが表明されている。

 また、現在、協会員は4,000名に達しようとしており、日本考古学協会は多様な立場の研究者が参集する巨大な学会になりつつある。一方、長引く日本経済の低迷による開発事業の減少とともに、近年の行政改革、地方分権の動きも加わって、埋蔵文化財行政はかつてない転換期を迎え、考古学界全体にも大きな影響を与えている。このような状況のなかで、日本考古学協会においても倫理綱領の制定が改めて必要になってきたと考えられる。

 こうした考えに基づき、2002年度の委員会では小委員会を設置し、倫理綱領制定について検討を行ってきた。ここでは、その中間報告として「倫理綱領制定に関する基本的な考え方」を示すことにしたい。

2.倫理綱領とは何か

 一般に、倫理綱領とは、専門家としての倫理的責任を明確にし、社会に表明するものである。つまり、専門家の行動規範であるとともに、これを社会に表明することによって専門家の独善を防ぐ役割も果たすもとになる、また、専門家としての地位を確立していく上で、専門家独自の行動規範をもつことは必要条件の一つであろう。

3.倫理綱領をめぐる問題

 倫理綱領をめぐる問題として、第一に、そもそも倫理は個人の自律を前提にしたものであって、倫理綱領によって強制されるものではないという本質的な問題、第二に、倫理綱領が現実的な場面においてどのように適用されるかという実際的な問題が考えられる。

 たとえば、倫理綱領によって果たして会員がより倫理的になるのか。逆に、倫理綱領に規定されている最小限のことしか考慮されなくなる可能性がある。倫理綱領の制定によって、倫理的責任を会員個人のみに課すことになる。また、個人のかかえる多様な倫理的葛藤の全てが、倫理綱領を参照することによって解決できるとは必ずしも言えない。個人がもっている価値観と倫理綱領に規定されている行動規範とが一致するとは限らず、その場合に倫理綱領に従うことを強制することができるか、などの批判が想定される。

4.倫理綱領の性格

 倫理綱領の規定する行動規範は会員に遵守することを要求するが、おのずと限界も存在する。すなわち、上述のように、個人が直面する全ての場面において倫理綱領を適用できるとは限らない。したがって、それぞれの場面でどの行動規範の条項に準拠するか、あるいはどの条項を優先させるかの判断は、会員一人一人にゆだねられていると考えられる。

 また、上記の批判にある倫理綱領と個人の価値観との関係をどう考えるか、倫理綱領に規定されている行動規範同士が相反する場合などは、個人のなかで解決することが求められる。その際に、倫理綱領は会員が直面する様々な場面で参照するべき研究者倫理に基づいた行動規範であり、個人の価値観や市民としての倫理観とあわせて判断の指針の一つに位置づけられる。

 こうした倫理綱領のあり方は、会員の行動を一方的に規制するためのものではなく、むしろ会員自身が直面する多様な問題を解決していくための一つの方向性を示すものである。