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(会報172掲載)


考古学協会の図書の帰属を考える
−セインズベリー寄贈に賛成した立場から−

松井 章

 周知のように去る2010年10月16日、日本考古学協会(以下、協会)の兵庫大会が明石市で開催され、協会の理事会が長い期間かけて準備、提案した、日本考古学協会の所蔵図書を、英国セインズベリー日本藝術文化研究所に一括寄贈する案が否決された。私自身、個人的に協会の国際化や蔵書問題に深い関わり合いを持ってきた。そこでこれまでセインズベリーへの寄贈を推進してきた立場から、今回の問題について、反対派への反論も含めて発言しておきたい。

 私が最初に協会の国際化にかかわったのは、すでに20年前に遡る。1991年2月に恩師の一人、米国のピーター・ブリードさんから協会の会員になりたいと相談されたことが発端だ。その際、協会の入会資格が「日本人及び日本在住の外国人とする」という規約が存在し、たとえ日本考古学が専門であっても、海外在住の外国人には会員資格がないことを知り愕然とした。そこで私は協会に対して外国人研究者にも会員資格を認めるよう文書で提案し、それがきっかけとなって、協会が外国人にも門戸を開くきっかけとなったと理解している(松井章1991「会員資格をめぐって」『会報』No.115、pp.21-23)。そして1994年、旧友のサイモン・ケイナーさんが協会に入会申し込みをするにあたって、私は喜んで推薦人に名を連ねた。その後、私の記憶では2006年の夏だったか、『会報』で協会蔵書の受入先機関を求めることになるとの情報を知り、海外に日本考古学の研究拠点を設ける良い機会となると思い、すぐにケイナーさんに立候補を勧めた。私は、かつて英国ケンブリッジ大学、米国ハーバード大学、プリンストン大学などで日本文化関係の図書を見る機会があり、日本語図書の充実に驚嘆すると同時に、考古学の貧弱さに失望してきた。日本考古学は世界でも最高水準にあると自負する人が多い。特に今回の反対派に名を連ねる人たちに、そうした人が多い印象を受けるのは、筆者自身の偏見だろうか。彼らはなぜ協会図書を国内に留め置くことに固執し、海外に日本考古学の拠点を設けることに反対するのか筆者には理解に苦しむところである。協会図書はそうした研究拠点の形成にあたって、絶好の基礎資料となり得ただろうに。

 セインズベリー日本藝術文化研究所が、民間団体であることを危惧する意見もあった。しかしこの研究所は地元のイースト・アングリア大学やロンドン大学のアジア・アフリカ研究所、そして大英博物館の日本学分野と密接な提携関係にあり、将来にわたって寄贈図書が散逸する不安はないと言えるだろう。

 もう一つの反対理由に、協会図書は協会員の財産であって、国内にあって初めて利用できるとするものがある。しかし実際問題、これまで日本考古学を推進してきた団塊の世代が、各地で続々と退職し、個人的に営々と収拾してきた蔵書の活用問題は深刻な事態に陥っているのを多くの方々はご存じだろう。大学や公的機関も蔵書の重複を嫌い、収容能力の問題から寄贈を断られた話しも珍しくない。さらに将来的に協会独自の図書管理体制を持つことが困難なことから今回の寄贈問題が生じたのを思い起こして欲しい。

 反対派の人たちは、大学や研究機関に属さない協会員にとって、協会図書以外に自由に閲覧できないと声高に主張するが、そのような人たちにこそ知っていただきたいのは、すでに協会蔵書の何倍にもあたる30万冊以上の図書が、私の所属する奈良文化財研究所(奈文研)において、学術目的で希望する全ての人々に公開されていることである。すでに奈文研図書はインターネットでも検索が可能で、平日の業務時間内であれば煩雑な手続きもなく、閲覧が可能で、さらに有料ではあるが複写サービスも行っている。奈文研図書の報告書、地方史の研究誌、同人誌の多くは、協会図書と同様に地方公共団体や民間団体、研究者個人から寄贈を受けてきたもので、所外への学術目的での公開は組織としての基本方針にもなっている。

 利用希望者は奈文研図書に来て検索していただいても良いのだが、検索に要する時間を節約するために、自宅か職場のインターネット端末、あるいは町中にあるネットカフェから、希望図書を検索してから訪問されることをおすすめする。接続は簡単で、最初にグーグルやヤフーなどのインターネット検索画面で「奈文研図書目録」と入力するだけで奈文研の図書目録、その他の報告書抄録、木簡など多くのデーターベースに接続し、希望の図書やキーワードを検索することが可能である(URLはhttp://www.nabunken.go.jp/database/index.html)。所蔵図書データーベースが開くと、入力ウィンドウに書名や発行機関名を入力するだけで、奈文研図書に登録されていれば、その請求番号が表示されるので、それを図書室の窓口で申し込むだけである。奈文研が著作権を有する出版物は、すでに端末からダウンロードしていただけるところまでなっている。

 国士舘大学で開催された2010年度の総会において、反対派の一人はマイクを握りしめ、「協会蔵書をしばらく借りるだけで、PDF化して協会員に公開する」と逆提案していたが、後に『会報』で知ったことだが、実際は報告書をすべて機械で裁断し、スキャナーで取り込み、その残骸を協会に返却するというのだ。

 反対派の意見のひとつは、協会蔵書が文化財に相当するから「海外流失」に反対しているのではなかったか。

 私のような海外に日本考古学の研究拠点の形成を願う賛成派から見ると、協会図書を文化財の海外流失になぞらえる反対派の人たちは、幕末に攘夷、攘夷と叫んだ人たちの姿と重なって見え、今回、その開国への絶好の機会を逸してしまった事態に対し、日本考古学の夜明けは、まだまだ遠いと実感させられた。