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前・中期旧石器問題調査研究特別委員会総括報告

第68回総会「旧石器問題特別委報告」での口頭発表全文

2002年5月26日
前・中期旧石器問題調査研究特別委員会委員長 戸沢充則

はじめに

 これより、前・中期旧石器問題調査研究特別委員会(以下、特別委)の2001年度活動報告に関するまとめを行います。

 いうまでもなく、この報告は、一年有余にわたる特別委委員55名の共同作業の結果によるものであり、その点で、終始献身的な努力を惜しまれなかった委員諸氏に委員長として、心からの感謝と敬意を表します。

 それと同時に、本特別委の活動を物心両面で支援された日本考古学協会の全会員、さらに、具体的な調査活動のそれぞれの局面で、多大のご協力とご理解を賜った地域住民の皆さん、関係自治体や行政機関、また関連学会の関係者等に、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

 未曾有の事件で、我々の活動も試行錯誤の繰り返し、幾多の紆余曲折がありましたが、今日、この一年の総括の中で、全学界員、関係諸機関が、互いの信頼関係のもとで、一致して取り組む体制を持つことができた、ということを確認できるのを、委員長としては、最も大きな喜びとするところであります。みなさん、本当にご協力ありがとうございました。

1.検証調査の内容について

 この一年間の、特別委を中心として行われた活動は、旧石器発掘捏造という疑惑について、その事実関係を明らかにするという、いわば「検証調査」に、活動の重点がおかれてきました。

 その経過、あるいは結果につきましては、この前に行われた3件の検証発掘の報告、そして特別委各作業部会の報告、そして、このたび公刊された『日本考古学協会前・中期旧石器問題調査研究特別委員会報告(II)』(予稿集)掲載の資料によって、その詳細を知っていただけるものと思います。かなり膨大で多岐にわたる報告内容のうち、いくつかのポイントになる点を、以下、要約し、若干の説明を加えます。

(1)遺跡の検証発掘

 このことについては、今までに、福島県一斗内松葉山、山形県袖原3、埼玉県秩父の遺跡群、北海道総進不動坂、宮城県上高森、同座散乱木の6ヶ所で実施されています。座散乱木のように、調査継続中のものもありますが、すでに報告書が発表されている遺跡については、前・中期旧石器遺跡としての評価といいますか、最終判断といいますか、その点の見解は、その表現にそれぞれニュアンスの違いはありますが、特別委第2作業部会が述べておりますように、それらの検証発掘の結果では、確実な前・中期旧石器時代の遺物や遺構は全く発見されず、捏造の痕跡のみが明瞭に認められた、というのが厳然たる結果であります。

 藤村新一氏が関与して発掘された遺跡は33遺跡(文化庁調べ)といわれています。そのうち検証発掘が実施されたのは、全体の中の一部に過ぎませんが、その多くは、今までの研究の中で重要な位置付けをされてきた遺跡であること、特に藤村氏告白のあった遺跡で、捏造が実証されたという点を加えれば、今までの検証発掘の結果は、決定的に重大なものと受け取るべきものだと理解します。

(2)石器の検証調査

 本特別委の第1作業部会、および関係の機関・個人(調査担当者等)が調査の対象とした資料は、藤村氏の告白したものを主に28遺跡、検討した石器は、その当該遺跡出土のほとんど全資料にあたる1,100点以上にのぼります。この数字も藤村氏関与の資料の全部には当たりませんが、いわゆる「重要遺跡」といわれたものの多くを含んでいます。

 その結果、検証された遺跡単位の資料群の中には、どの遺跡の例でも非常に高い割合で、正常な出土状態の遺物にはありえない不自然な傷などがついた石器が含まれていることが明らかとなりました。その点についての評価の表現は、それぞれの調査者によって違いがありますが、総じていえば、第1作業部会が示したように、「検討した資料は学問的資料としての要件を根本的に欠くといわざるを得ないと判断される結果」というものでした。

 これに加えて、第4作業部会が行った前・中期旧石器の指標とされてきた3種の石器と縄文時代の石器との型式学的な比較研究では、まだ中間報告とはいえ、量の多少を問わず、いずれも東北地方の縄文時代の石器の中に類品を見出すことが可能という結論を示している点も、重要な検証の視点といえます。

 なお、第1作業部会が実践した石器検証の基準は、他の機関等による検証にも適用され、すべての石器の検証は、同一基準で実施されましたが、これは今後、旧石器、縄文、それ以降の時代の遺跡発掘現場等で活用されるべきマニュアルのひとつとされても良いと考えられます。

(3)藤村氏捏造行動の検証

 第5作業部会は古い記録、メモ、証言などの情報を収集して、1970年代前半からの長期にわたる藤村氏の捏造行為があった可能性を指摘しました。それに加えて本予稿集に収録した東北旧石器文化研究所による同じ方法でのレポートでは、遺跡の発掘現場における不審な行動を調査参加者などの証言を加えて捏造の状況証拠として示し、さらに栗島氏のレポートは秩父の遺跡での、いわば藤村氏の驚くべき巧妙な捏造の手口を、記録等に基づいて再現しました。

 これらの報告は、現在では、現場で実際には実証できない状況証拠というべきものですが、憶測とか、推測という以上の、相当に真実性を持った証言として受け止めてよいと思っております。

2.検証調査にもとづく判断

 特別委が、昨年5月の総会時に、「向後1ヵ年を目途に、一定の判断を示すことができるよう努力する」と、活動方針で宣言したのは、必ずしも十分な見通しや自信があったからではありませんでした。それは、一日も早く事実を確かめて、社会の不信と混乱を少しでも取り除き、日本考古学の再生の道を展望したいという、日本考古学協会、そして全研究者の希望と決意を表明したものでした。

 しかし、捏造発覚直後から多くの研究者が検証の具体的方法などを考え、それを学界共通の認識とする努力を重ね、2〜3の検証発掘で捏造の証拠が明らかになり、さらに藤村氏告白などがあって、検証調査は予期以上に急速に進展しました。そして、今まで述べてきたように、検証調査の結果を要約的に、そのポイントをまとめることができました。それにもとづく特別委の見解・判断は次のとおりです。

 すなわち、特別委ならびに関係機関等の調査した資料に関して、藤村氏関与の前・中期旧石器時代の遺跡および遺物は、それを当該期の学術資料として扱うことは不可能であるということであります。

 なお、この判断は、5月24日の特別委全体会議で慎重な討議を経て、特別委の統一見解としてまとめられたものであることを、とくに付言しておきます。

3.特別委活動の経過と問題点

 本特別委の1年余の活動経過については、予稿集に収録した記録をご覧いただきたいと思いますが、その経過の中で、特に指摘すべき2、3の点について報告いたします。

 第一点は、この報告のはじめにも触れたことですが、日本考古学協会はもとより、地域の研究団体、そして関連科学の諸学会が一体となって、この問題の解決に向けて協力するという決意を示され、それらの協調体制が早い時期に確立し、以来、その維持と強化がはかられたことが、検証作業推進の重要な基盤となったことです。とくに考古学界においては、この問題の、言葉はいいかどうか分かりませんが、いわば「震源地」ともいえる東北地方の二つの学会、すなわち宮城県考古学会と東北日本の旧石器文化を語る会が、それぞれ先端を切って積極的に、この問題に取り組んできました。以来、ほとんどの検証調査を本特別委と合同で、互いに緊密に連携して作業を進めてきたことは、検証調査に役立ったという効果の面だけではなく、考古学研究が今後、みんなが信頼関係を大切にして、一つの目的に向けて努力すれば、大きな結果を導くことになるという一つの展望を切り開いたと受け止めます。

 第二点は、この問題の経過の中で、国民一般はもとより、とくに関係地域の住民に大きな不安と不信を生じさせ、地方自治体に多大の混乱と迷惑を与えたことがしばしばありました。この点について、社会的な大きな責任を持つ学術団体である日本考古学協会および特別委の運営・体制上の不十分さもあって、反省すべき点も少なくありませんでした。

 その点に関連して、昨日の報道(公表前の特別委の統一見解の記事等)もそうですが、マスコミの先を急ぐ競争的な報道姿勢には、これまで何度も悩まされました。この事件の経過の中で、過去永年の「捏造旧石器」に対する無批判で過熱的なニュースについて、自己批判をしたマスコミ関係者も多くいましたが、改めて遺憾の意を表し、反省を求めたいと思います。それとともに学界とマスコミがよき関係をつくり、国民が信頼する「科学報道」のあり方について、互いに考え合う努力が必要だということを痛感いたします。

 しかし、学界と地方自治体とは、組織的、系統的なパイプが十分にあるわけではなく、その点で特別委はつねに文化財行政機関に多くを期待してまいりました。地方自治体が主催したいくつかの検証発掘などに、特別委が、あるいは日本考古学協会員が積極的に協力、参画できたことは、きわめて幸いなことだったと思います。そして、今継続中の座散乱木の発掘では、日本考古学協会が主体となって、文化庁、宮城県教育委員会、地元自治体などが一体となって調査組織をつくり、厳正・公正な学術的な検証調査が行われるに至ったことは、素晴らしいことだと評価できます。こうした、研究者、行政が一体となった問題解決への対応こそが、地域住民にも納得される真実追究の道であり、ひいては今後の考古学の成果や、文化財保護行政のあるべき形を生み出す基礎だと信じて疑いません。

 第三点として、藤村氏と過去、発掘や研究を直接ともにした研究者たちの検証調査への協力について触れておきます。今回の予稿集の中にも、何人かの当事者、そして機関からの報告書やレポートが収録されています。それらは、いずれも捏造事件の反省の上にたって、当面果たしうる責任の一つとして、検証作業に協力するという思いの中で作成された報告書、レポートであると理解してよいと思います。予稿集には名を出していませんが、多くの研究者が発掘の現場で、また石器検証の場で、あるいはそれぞれ独自の立場で苦悩の念をおさえながら自己検証を通じて検証調査に協力している等、我々はこの目で見、そして、話として聞いております。

 特別委委員長としては、そうした関係者の努力を受け止め、ただ単に責任を問うのではなく、さらに事実の解明のための協力に期待し、その結果の反省を、今後の研究に生かす主体者になってほしいと願うものです。

 なお、藤村新一氏とは、昨年の9月26日の第5回の面談以後、全く直接の連絡をとれない状態が続いています。昨年秋以来、病状が悪化し、精神状態が不安定なため、第三者との面談は不可能というのが主治医からの連絡です。しかし、昨年の重大な告白の前後を通じて、彼が社会、学界、共同研究者などに対して陳謝と自分の過ちに対する悔悟の言葉をしばしば口にしていたことは、昨年10月7日の盛岡での私の報告で申し上げたとおりです。

4.残された課題と今後の取り組み

 2001年度の活動報告の総括は、捏造疑惑の検証調査に関するまとめでほぼ尽きるといわざるを得ません。しかし、当面、設置期間3年でスタートした特別委の任務は、事件の事実関係の検証調査だけで終わるというものではありませんでした。 今後、地方自治体等が行う検証調査などに積極的に協力・支援できる体制は維持するにしても、学会としての主要な課題は、すでに特別委第5作業部会等が提示し、具体的な検討に入り、予稿集にも一部その経過報告がなされている、研究史・方法論の総括や、考古学の社会的責任などといった、より本質的な諸課題を検討する中で、再発防止と研究の再出発の基盤づくりを行うことです。

 そのことを、段階的・前進的に具体化をはかるため、当面、特別委が共同で検討し、実現をはかるべき措置として、次の諸点を活動の目標にしたいと考えます。

  1. 今般の検証調査の体験と結果を全研究者、とくに若い世代が共通の認識として持ち、今後、捏造再発や事実誤認を防止することと、遺跡・遺物の正しい調査研究が進められるような、全学界的な研究会・シンポジウムを積極的に企画する。なお、そのためにも特別委は、検証調査の「本報告書」を年度内に編集・発行いたします。
  2. 今般の事件と検証調査の結果を、国内だけでなく、海外の研究者にも正確に説明し、世界的な共通課題として、今後の考古学研究に生かすための国際シンポジウムを計画する。
  3. 藤村氏関与以外の後期旧石器以前の可能性があるとされる遺跡・遺物および年代・地層・環境等を総合的に検討する合同研究会を早急に具体化する。あわせて、今までの前・中期旧石器時代研究史の総括と方法論の検討を急ぐ。

 これらの取り組みをスムーズに進展させるため、現在の5作業部会の再編と運営の改善が必要です。新年度早々に実現したいと思います。なお、この点に関して、現委員長としての個人的付言をさせていただきますと、こうした新年度の活動方針は、次の時代の新しい研究に対応するものであり、若い世代の研究者が中心となって推進すべきであることを、とくに切望する次第です。

5.おわりに

 旧石器発掘捏造という未曾有の不祥事は、日本考古学全体を激しくゆすぶった、すべての研究者にとって屈辱と衝撃の事件でした。その発覚から1年半が経ちました。短いという言い方もありますが、多くの人にとっては長い、辛い期間だったというのが実感ではないでしょうか。検証調査は、多くの人々の献身的な努力によって予想以上に進展し、その結果は予想を上回る厳しい結果であったことを、総括報告としてながながと行ってきました。

 しかし、これで終わったのではありません。100%の実証は不可能にしても、未調査の疑惑遺跡や石器の検証には、できる限りの努力を重ねる必要があると思います。そして学界的には、新しい研究の基盤づくりを急ぎ、同時に、社会やマスコミからこの事件を通じて批判されたような研究者の資質や倫理、考古学の科学としての体質の改善、学会や研究の体制の見直しなど、学界と研究者の本質に関わる多くの問題が提起されています。

 今回の事件とその検証調査の経過を踏まえて、日本考古学協会全体をリードする立場から「会長声明」が発表されます。特別委はその趣旨を支持し、特別委としての今後の活動を推進するとともに、日本考古学協会員、研究者個々の問題としても、声明に沿った方針に協力することを誓って、やや長時間に過ぎた総括報告を終わります。