中学校社会科(歴史)教科書を考える

歴史教科書を考える 第8号
2012.5.26 日本考古学協会 社会科・歴史教科書等検討委員会

1.中学校社会科(歴史)教科書を考える
 社会科・歴史教科書等検討委員会は、主に学校教育現場の歴史教育において、考古学研究の成果が十分に活用されるよう、その基礎となる教科書の内容や、教科書の編集方針を大きく左右する学習指導要領の動向について分析を行っている。これまで委員会発足の契機となった、小学校第6学年の教科書から、その取り扱いが消えた旧石器・縄文時代の記述の復活を目指し、2008年度の学習指導要領改訂に向けて、文部科学省に声明文を提出し、あわせてテーマセッションやポスターセッションの場を通じて、教科書に反映されている歴史教育の現状と課題を学会や広く社会に伝えてきた。
 こうした取り組みは小学校の教育現場に限らず、歴史教育全体の問題として位置づけ、中学校から高等学校へと分析・研究の対象を広げていく必要があり、2011年総大会のテーマセッションで行った高等学校の事例報告、パネルディスカッションにおける討論では、今後の委員会活動として対象を中・高に拡大し、一貫した歴史教育のあり方について検討していく必要性を再確認した。
 そこで、2012年度は、中学校の学習指導要領と改訂された教科書の内容について分析を続け、様々な課題の改善に向けて活動を継続していく考えである。
○中学校学習指導要領の改訂と問題点 
 中学校の学習指導要領は、2012年度からの全面的実施を目標として2008年に改訂版が告示された。各教科とも授業時間数が大幅に増えるため、移行措置として2009年度から授業時間数の調整や教科書にまだ記載されていない内容を補うなどの段階的な先行実施がなされている。
 授業時間数に関わる改訂内容としては、これまで1・2年生が地理と歴史を並行して学び、歴史の時間数が105時間であったのに対し、新しい学習指導要領では130時間となり、1・2年生が地理と歴史を並行して学ぶ点は同じであるが、3年生の選択社会科が廃止となり近・現代史の歴史と公民を学習することとなった。
 中学校における歴史学習の授業時間数は、1969年版の学習指導要領で175時間、1977年度版が140時間、そして、1998年度版が105時間と削減され続けてきたが、各教科とも基礎的な学力の低下が問題とされ、今回の授業時間数の増加になったといわれている。
 では、社会科全体、および歴史的分野の学習目標に掲げられている内容についてはどうであろうか。
 今回の新しい学習指導要領の記載内容と1998年版を比較した場合、全体の目標内容に大きな差は認められない。しかし、取り扱う内容においては、「(2)古代までの日本」に「日本列島で狩猟・採集を行っていた人々の生活が農耕の広まりとともに変化していったことを理解させる。」とあったのが、改訂版では「日本列島における農耕の広まりと生活の変化や当時の信仰、…」と変わっており、小学校の学習指導要領で改善が図られたことと逆行した記述になっていることなどが懸念される。詳細については、この二つの学習指導要領のみで判断するのではなく、過去の学習指導要領の全てを比較検討し、その課題の所在について精査していくべきであると考えている。
○中学校の教科書について
 新しい学習指導要領にむけて、現在7社から検定済みの歴史教科書が発行されている。各教科書の分析に着手したばかりであるが、小学校との比較では、教科の専門が授業に当たることもあり、学習指導要領において課題とされる点を補う配慮がみられる。
 例えば、学習指導要領では、その取り扱いが位置づけられていない続縄文文化や擦文文化の時代、貝塚文化の時代について、7社の教科書の内4社にその記載が認められる。また、小・中ともに学習指導要領では「大和朝廷」となっている用語に対し、中学校の教科書では、5社の教科書が「大和政権」「大和(ヤマト)王権」という名称を用いている点などである。この用語については、学問的に後者が妥当であり、各教科の専門家が授業を行うという制度の違いが、教科書の編集にも大きく反映されているといえよう。
 取り扱う内容も、段階的により豊富となっているが、その反面で新たな課題も認められる。中学校では、世界史の部分ではじめて子ども達が旧石器時代について学習するようになる。しかし、その内容としては、小学校の段階での位置づけがないまま導入されていることもあり、内容も乏しく、世界と日本列島との関係は明確に示されているとはいえない。また、縄文時代以降の記述の内容に関しても、依然として社会や生活史としての全体像を捉えるものではなく、取り扱い方や情報量、そして先に上げた用語の不統一など、教科書間で大きな偏りが認められる。おなじ検定本として教科書の内容が大きく異なる点については、学習指導要領の改訂に伴って同様な問題が生じている小学校の教科書と共に検討を重ねる必要がある。
 「新学習指導要領」は、小・中学校ともに「脱ゆとり教育」「教科書・教える内容の増」といった面だけが注目されている。しかし、本委員会では、より具体的に検証を重ねながらその課題の所在を明確にし、義務教育全体を通しての改善の方向性について提案をしていきたいと考えている。
2.今後の活動目標
 教科書等検討委員会では、2013年度第79回総会の参加に向けて、取り組む主なテーマを次の①~④とし、短期活動目標とする。
①中学校の新しい教科書問題について
 2012年以降、本格的に取り組む中学校教科書の分析を通して、委員会としての取り扱いの方向性を探る。このたびのポスターセッションでは、2012年度4月から本格的に実施される中学校教育の新学習指導要領の内容、および、改訂に伴う中学校の新しい社会科(歴史)教科書7社分の内容について分析し、現状と課題を提示する。
②古代以降における考古学の取り扱いについて
 これまで、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代を対象として教科書の分析を行ってきたが、今後は古代以降の内容についても小・中学校の教科書で分析を進めていく。
③義務教育段階における歴史教育の課題
 小学校から中学校へと、これまでの分析を通して、どの様な一貫性をもって義務教育段階の歴史教育が行われているかを検証し、その課題について考える。
④教科書における旧石器時代の掲載に向けて
 学習指導要領改訂に向けて、再度、文部科学省に声明・要望等を提出する。とくに、旧石器時代の取り扱いについては、継続的に働きかけることが重要であり、2012年度からその方法等について検討する。
 これら①から④の活動目標を達成し、中期活動目標とスケジュールとして、小委員会発足から2013年度まで取り組んできた教科書委員会活動の成果をまとめ、2014年度に対外的なシンポジウムの開催や記録冊子の刊行を行う。
 また、短期目標の④で掲げた、旧石器時代の取り扱いについては、中期的目標としても活動を継続していく予定である。
3.教科書委員会の新体制について
 日本考古学協会における各委員会は、2年3期内が委員の継続任期となっている。2008(平成20)年度より常置委員会として再スタートした教科書等検討委員会では、3期目を迎えるに当たって、これまでの活動や情報を継承するために、任期内における各委員の退任時期と委員の交替について検討・調整し、2012年度からの新規委員を公募することとした(会報№175)。
 その結果、学校教育に造詣の深い6名の協会員の申し込みをいただき、申請者全員の委員会参入を教科書委員会の要望として理事会に提案することとした。
 この委員会要望は、5月の理事会において承認を得ることができたが、2012年度以降は、委員長1名、副委員長1名、事務局2名、担当理事2名を含む委員8名の計12名による新体制で活動を進めていく予定である。
 教科書委員会としては、例年の総・大会において継続的に活動内容や教科書問題の課題について広く公開することを活動の基本目標としている。予算上、全体会議の開催は年4回程度に限定されるため、教科書の分析や情報の収集等については、各委員が分担する形で地道な活動を続けている。
 今後の委員会体制としては、より多くの方々と情報を共有するためのネットワークづくりが活動方法の課題とされるが、協会員各位の協力と支援を求めていきたい。