第12回日本考古学協会賞

第12回日本考古学協会賞

 「第12回日本考古学協会賞」には、締切日までに11件の応募と2件の推薦がありました。2022年3月13日(日)に選考委員会が開催され、大賞には岩本 崇氏、奨励賞に丸山浩治氏と福永将大氏、優秀論文賞に榊田朋広氏、高瀬克範氏がそれぞれ推薦され、3月26日(土)の理事会で承認されました。

 各賞は、5月28日(土)の第88回総会(早稲田大学)において発表され、辻秀人会長から賞状と記念品が授与されました。なお、丸山浩治氏については当日オンラインでの参加、高瀬克範氏は当日欠席となったため、賞状と記念品は後日、個別送付させていただきました。

 受賞理由並びに講評は、次のとおりです。

第12回日本考古学協会賞 大賞

岩本崇 著
三角縁神獣鏡と古墳時代の社会』 六一書房 2020年9月発行

推薦文

 本書は、古墳時代前期初頭から中期初頭にかけて、近畿地方を中心とした日本列島各地の主要古墳から出土する三角縁神獣鏡約580面を俎上に乗せ、体系的研究に取り組んできた成果をまとめたもので、B5版518頁の大冊の書に結実したものである。

 本書は、大きくは序章と終章に加え、本論部分は、第1章三角縁神獣鏡の生産と展開、第2章三角縁神獣鏡の製作年代と製作背景、第3章三角縁神獣鏡と前期古墳年代論、第4章三角縁神獣鏡と地域社会、第5章三角縁神獣鏡の社会的意義、から構成されている。どの章をとっても、長期間をかけて解決していく必要のある大テーマとなっており、これまでも日本考古学の古墳・古墳時代研究において多くの研究書、論考が多くの研究者によって発表されてきているところである。著者が20年以上の長きにわたり一貫して追い続けてきた研究テーマであり、それらほぼすべての論点と向き合っている。

 本書を読み進めて気づかされるのは、約580面の一面一面について、膨大な時間を費やして資料の具体的・基礎的把握を実施した上で、研究展開をはかっている点である。資料の分析視点として、これまでの資料の特性把握の方法論に加えて、新たに断面形状の追究をあげているが、その大半について実際資料の観察・資料化を行なっている。

 当該鏡の一面一面が有する属性が多岐にわたっていることは言うまでもない。当然、製作地があり、製作時期があり、さらには流入ルートがある。一方、それらが出土した古墳があり、その時期があり、所在した地域がある。これらの諸課題の丹念な分析・検討から総合化へとつなげていっている。

 三角縁神獣鏡の研究は、現在も非常に活発に進行しているテーマであり、多岐にわたる争点を有している。本書が今後の研究展開の新たな基点となっていくことは間違いない。また、長期にわたり膨大な具体的資料とラデイカルに向き合ってきた研究姿勢は、次世代を担う後進に大きな示唆を与えるところである。

第12回日本考古学協会賞 奨励賞

丸山浩治 著 
火山灰考古学と古代社会 十和田噴火と蝦夷・律令国家』 雄山閣 2020年8月発行

推薦文

 平安時代中期、10世紀に発生した十和田火山の噴火は、過去2000年の間で日本列島最大級とされているが、本書はその噴火前後の東北地方北部を対象に、1万件以上の膨大な発掘報告データの分析を積み重ね、その災害に伴う人々の動態の解明を目指した意欲作である。全体は、7つの章に序章と終章を加えた構成となっている。

 序章では古代文献史料からみた東北地方北部の概況をおさえ、第1章では十和田火山と白頭山における10世紀の噴火の概要をまとめた上で論点を抽出し、第2章で提示する研究方法をもとに第3章ではテフラ検出状況などの基礎分析結果を示す。そのうえで第4章では地域ごとの被害推定を試み、第5章では噴火を画期とした建物遺構件数の増減をもとに居住集団の動態を復元する。さらに第6章では竪穴建物の特徴、第7章では土師器甕の様相に着目して、物質文化から集団の性格や移動などの実態を明確化し、終章ではそれらを総合して噴火による社会動態の復元を試みている。

 火山灰を利用した考古学研究は、ともすれば被災の大きな遺跡のみの実態解明や、同時性に基づく編年的な研究に偏りがちであるのに対して、火山災害をきっかけとした広い地域の集団の動態を明らかにしたのは、まず本書の大きな収穫である。また、十和田噴火の影響を受けた地域が日本列島における古代律令国家の北限境界域であることから、その地に居住していた「蝦夷」などと呼ばれた人々と律令国家の動向を浮き彫りにして、文献では追いかけがたい歴史を導き出した点でも貴重な成果となっている。律令国家と一括りに評価できるかなどは議論もあろうが、いずれにしても一次資料に立ち戻った再検討がかなわないなかで、膨大な発掘報告書の記述から手探りで研究を推進された努力は高く評価される。

 本書は、火山災害を避けがたい日本列島において、災害に伴う人々の動態といった過去の史実の解明が考古学の重要な使命の一つであることを強く認識させる。終章に記されているように、白頭山の10世紀噴火後の様相やこの地域の生業や食性と災害とのかかわりなど、残された課題の解明に向けてさらなる研究の進展を願う次第である。

第12回日本考古学協会賞 奨励賞

福永将大 著 
東と西の縄文社会 -縄文後期社会構造の研究-』 雄山閣 2020年4月発行

推薦文

 本書は、縄文時代後期の日本列島で見られた、土器を中心とする各種の物質文化上の特徴の異なりに基づいて、東日本と西日本の縄文後期社会に見られる構造的差異という研究史上で注目されてきた課題の解明に赴こうとした意欲的な研究成果からなっている。東日本と西日本の縄文社会に差異が見られることは古くから知られており、資源環境の差や社会文化的差異に要因を求める議論はこれまで活発に行われてきた。そして後期はその代表的な議論の対象であったが、証拠に基づく議論はこれまで部分にとどまることが多かった。

 本書は6章から構成され、まず研究史をまとめた(第1章)のち、縄文後期中葉の土器の属性(第2章)と様式構造(第3章)の分析、住居跡・集落・石器組成等に基づく居住・生業の実態解明(第4章)、土器胎土分析から推定される伝播の様相(第5章)等の個別の分析結果を報じている。最後の第6章は結論であり、「縄文文化の東西差」発現メカニズムの解明を目指した積極的な解釈モデルの提示を試みた。

 分析法はオーソドックスと言えるが、広範囲にわたる関係資料をよく渉猟・精査し、それらのデータ(特に広域土器分布圏の構造的特質)に基づいて積極的な仮説・モデルを提示して解釈に至ろうとする方法は、高く評価できる。これまでの議論に具体性を提供し得たことは重要な成果である。今後のさらなる研鑽を期待したい。

第12回日本考古学協会賞 優秀論文賞 

榊田朋広 著 
擦文文化前半期の集落群構成と動態』 
『日本考古学』第51号 日本考古学協会 2020年12月発行 

推薦文

 榊田論文は、従来、研究が進んでいなかった北海道の擦文文化期前半の集落動態を明らかにし、その歴史的な背景にまで言及した内容となっている。その分析は、土器編年にもとづき集落の変遷を整理し、遺構の在り方から分類を行うという、極めてオーソドックスな手法にもとづいている。それでも、北海道の中央部と北部の集落の調査例を広範に収集し、さらに河川を中心とする地形との関連性も視野に入れて分析を行っている点に特徴がある。

 分析の結果、日常的な生活を行っていたⅠ型集落と、交易の場を兼ねた中核となるⅡ型集落を抽出し、Ⅰ型集落の近辺にⅡ型集落が配置されるという、集落群構成の基本的なあり方を明らかにした。また、7世紀後半から10世紀代までの集落群構成の推移についても整理し、Ⅰ・Ⅱ型からなる集落群構成は、8世紀中頃以降に石狩低地帯南部から石狩低地帯北西部や道央日本海沿岸に拡大したことを明らかにしている。加えて、その歴史的な背景として、秋田城を核とする交易体制との関連についても言及する。

 分析手法は、土器編年と遺構解釈にもとづく手堅いものであるが、そこから豊富な広がりのある歴史叙述を導き出している。特に、北海道の擦文文化期からアイヌ文化期への移行状況について、集落の立地論の観点から整理し歴史的な背景まで示した点は高く評価できる。さらに、この研究成果は、今後のアイヌ文化の多角的な研究に資するところ少なくないと考える。

 以上の理由により、榊田朋広氏の論文「擦文文化前半期の集落群構成と動態」を日本考古学協会賞に推薦するものである。

第12回日本考古学協会賞 優秀論文賞 

高瀬克範 著
Time Period Determination of the Kuril Aniu’s major withdrawal from Kamchatka
『Japanese Journal of Archaeology』第8巻第1号 日本考古学協会  2020年12月発行

推薦文

 本稿は、文献史学的にはよくわからない、千島アイヌ先住民のカムチャッカ半島における居住時期に考古学から迫ったものである。その目的達成のため、「内耳土器」と呼ばれる鉄鍋を模した土器を、鉄鍋の形態模倣が時間とともに崩れていくという変化に基づき、型式編年をまず設定した。そして、それらと共伴する試料の放射性炭素年代を測定した。文字のない時代の再構築に成功していることは評価に値する。それ以上に、英語圏では懐疑的にみられることもある、日本考古学研究の柱である型式編年の妥当性を、英語圏では絶大な信頼のある放射性炭素年代で追認したことは、日本考古学協会の英文機関誌の意義を高らしめるものである。

第12回日本考古学協会賞選考委員会講評

 第12回協会賞選考委員会を2022年3月13日(日)にオンライン型式で開催した。協会賞・奨励賞についてであるが、本年度もコロナ禍にもかかわらず、昨年度より多い11件の応募があり、昨年度に引き続き活動が困難な状況下にあっても、会員が研究に切磋琢磨している様子を垣間見ることができた。

 応募の対象となった業績について地域で見ると、日本を主たる対象としたもの10件、グローバルな視点での研究が1件と、日本考古学に集中している感がある。時代別では、縄文時代2件、縄文/弥生移行期1件、弥生・古墳時代3件、歴史時代3件、古代史2件である。論考・分析の中心が、土器・陶磁器のもの2件、鏡が2件、遺構が2件、そのほか5件と、バランスがとれている。考古科学的手法を何らかに用いた研究は4件もあり、年々、増加しているように感じる。

 応募者の年齢層を見ると、30歳代が2名、40歳代が5名、50歳代1名、60歳代3名であり、今年度は教育・研究や文化財行政やその実践に活躍している中堅層の応募が多かった。年齢層が直接関係しているとは言えないが、充実した業績が多かったことと無関係ではないと思われる。

 今回の大賞候補の業績は、実証的で多角的な資料の分析から、緻密な論考で、資料の背景にある社会構造や資料の持つ社会的意義を明らかにしようとする優れた論文で、委員全員が大賞候補に推薦した。

 今回の奨励賞候補は2件である。そのうちの1件は、膨大な災害考古学のデータの分析に基づく成果を社会変容に結び付けた実証的研究で、各委員に高く評価された業績である。また、もう1件の奨励賞候補は、土器を研究の素材として社会構造を明らかにしようとする意欲的な研究であり、大賞に準ずる優れた成果を上げていて、今後に研究の発展が期待できる業績であった。「日本考古学協会賞規定」第3条3項には、「奨励賞は、考古学分野において今後の活動が期待できる、優れた業績を対象とする(筆者下線)」とあり、奨励賞に相応しいと考えた。したがって、今回の奨励賞候補が2件となった。

 なお、邦文誌の優秀論文賞に関しては、『日本考古学』編集委員会の推薦により1件の受賞候補を、英文誌の優秀論文賞についてはJJA編集委員会の推薦により1件の受賞候補を決めた。継続的な論文賞対象者確保の為に、会員には奮って機関紙への論文投稿をお願いしたい。