第14回日本考古学協会賞

第14回日本考古学協会賞

 「第14回日本考古学協会賞」には、締切日までに6件の応募と2件の推薦がありました。2024年3月5日(火)に選考委員会が開催され、大賞には三阪一徳氏、奨励賞に土井正樹氏と上田直弥氏、優秀論文賞に米元史織氏、内田純子氏がそれぞれ推薦され、3月23日(土)の理事会で承認されました。各賞は、5月25日(土)の第90回総会(千葉大学)において発表され、辻秀人会長から賞状と記念品が授与されました。なお、米元史織氏と内田純子氏は当日欠席となったため、賞状と記念品は後日、個別送付させていただきました。

 受賞理由並びに講評は、次のとおりです。

第14回日本考古学協会賞 大賞

三阪一徳 著
土器製作技術からみた稲作受容期の東北アジア』 九州大学出版会 2022年11月発行

推薦文

 縄文時代から弥生時代への移行期は、農耕文化の形成を経て国家の成立に向かう日本史上きわめて重要な変化の時期である。したがって、この分野の研究は数多く、また多岐にわたるが、日本列島に農耕文化をもたらした渡来人の役割をどのように評価するのかは研究の一つの柱となってきた。

 近年、日本列島への稲作の渡来ルートは、中国大陸における遺跡の調査やレプリカ法による土器圧痕などの調査研究の進展によって、山東半島から遼東半島を経て朝鮮半島を南下し北部九州に至るルートに絞り込まれつつある。こうした農耕文化の伝播や受容を考察するうえで土器が大きな役割を果たしているが、これまでの分析方法としては文様や形態に重きが置かれてきた。土器の文様と形態の分析は、年代の違いを識別し機能をとらえるといった点では有効な手段であるが、人の移動と移住の有無や程度を判断するには、別の視点からの分析を要する。

 本書の著者はこのような現況に鑑みて、土器の製作技術を柱としてこの問題に取り組んだ。具体的には、粘土帯の積み上げ方法、器面の調整方法、焼成方法の3本柱である。この方法を用いて、北部九州の弥生時代開始期、朝鮮半島南部の青銅器時代開始期、遼東半島の龍山文化併行期の稲作受容期という文化の画期に焦点をあてて土器の変化を分析した。文様などに覆い隠される場合の多い技術は、うわべの模倣ではなく製作者の直接的な関与をうかがい知ることが期待されるので、移動・移住問題を含めた文化の相互関係を議論するうえで適切な方法の選択と評価されよう。

 これら三者の分析は、これまではそれぞれ個別に研究が進められてきたが、統一された分析基準を設け、自ら資料にあたってデータを積み上げたうえで、三者を総合して地域間の土器の製作技術にどのような関係性があるのかを分析した。さらに、稲作にかかわる他の文化要素に関する最新の研究成果をあわせて検討し、三つの地域の稲作受容期に隣接地域から移住が生じていた可能性が高いという結論を得た。そして、在来の文化と外来の文化要素が併存し融合することによって新しい文化が生まれていく過程をモデル化した。

 本書は九州大学より授与された博士学位論文である『土器製作技術からみた東北アジア稲作伝播期における文化変化の研究』を元にしてまとめ直したものである。東北アジアにおける稲作の受容のあり方という重要な課題に対して土器の製作技術を柱に据えてアプローチし、データの積み上げによる実証的な分析を経て背後に移住の存在を推定するとともに農耕文化形成過程のモデルを示したものであり、本賞の大賞にふさわしい高い水準に達した著作と評価することができる。

第14回日本考古学協会賞 奨励賞

上田直弥 著 
古墳時代の葬制秩序と政治権力』 大阪大学出版会 2022年9月発行

推薦文

 本書は、日本列島において展開した古墳時代における葬送儀礼の執行と政治権力との関係を埋葬施設の分析から読み解こうとするものである。具体的には古墳の埋葬施設の構造を検討し、葬送儀礼の規範性や多様性を明らかにして、古代国家形成期における葬制制度、儀礼の果たした役割を論じている。

 日本考古学における古墳時代研究においては、古墳出土の各種遺物の分析を通してこの時代の解明を目指す研究が盛んにおこなわれてきたが、本書では著者自身が調査に携わった竪穴系埋葬施設を中心とした研究から往時の政権構造の解明に迫っている。

 本書は、著者の学位請求論文「埋葬施設構造からみた古墳時代葬制秩序と政治権力」(大阪大学学術情報庫で論文要旨ならびに審査結果が公開されている。)を基調とするが、新たに二篇を加えて内容の充実を図り、B5版363頁の著書としてまとめ直したものである。

 前述の通り、これまでの多くの古墳時代研究が副葬品を中心とした遺物の分析から国家形成史、国家成立史の課題に迫るものであったのに対し、本書は古墳で執り行なわれる葬送儀礼という政治的パフォーマンスの舞台である埋葬施設を取り上げ、その資料的特性を活かして古墳時代エリート層の儀礼管理戦略の特質、推移を導き出し、歴史的意義を論じたものである。すなわち、埋葬施設の展開過程を時間的、空間的視点で総括し、古墳時代エリート層の葬制は中央政権のコントロール戦略に基づく葬送儀礼秩序の浸透した結果と結論づけている。さらに葬送儀礼と古代国家形成の理論的背景についても文化人類学の議論を手掛かりに展望を示すなど、竪穴系埋葬施設を中心とした実体解明からその理論的解釈まで手堅く議論展開し、新たな論点を提示した。

 本書は、古墳の埋葬施設研究から葬送儀礼秩序を炙り出し、古墳時代研究に新たな論点を示した意欲作で、新機軸を拓く可能性を有しており、著者の今後の研究展開が期待されるところである。

第14回日本考古学協会賞 奨励賞 

土井正樹 著 
古代アンデスにおけるワリ国家の形成 小集落からみた初期国家の出現課程」 
臨川書店 2022年2月発行 

推薦文

 本書は、小集落やそこに暮らす人々に焦点をあてるボトムアップ・アプローチにより、一般の人々の国家形成への関与の仕方を明らかにしようとするもので、理論的・方法論的な新規性を備えた実証的研究である。学位論文を元に大幅な加筆修正を加えたもので、明確な問題意識に立脚しつつ、発掘調査から出土資料の分析までをトータルに実施し、その成果を基に理論的考察を行った完成度の高い学術書である。

 研究対象は南米大陸アンデス山脈中央部に展開した初期国家ワリである。日本考古学を専門とする読者にとっては馴染みが薄いかもしれないが、地理的特徴や南米考古学における研究史、なぜボトムアップ・アプローチが重用であるかについての理論的説明も丁寧であり、ワリ国家についても1章を割いて論述されているので、筆者の理論的な立場と対象とされている社会についてなじみのない読者にも理解しやすい内容となっている。 

 アンデス文明は、スペイン人の到来まで旧大陸の文明とは直接の交渉をもたずに展開したものであるため、そこでどのように初期国家が現れたかを解明することは、旧大陸を中心に発展してきた国家形成過程の研究を補完し、発展させる上で大きな意義がある。他地域を専門とするものにとっても、人類史における中央集権的な社会組織が出現する過程についての理解を深めるうえで多くのインスピレーションを得ることができる。

 本書では、初期国家を核としての都市とその後背地からなる統合体としてとらえ、階層的社会としての垂直的多様性と、エスニシティや職業の別などによる水平的多様性を備えた社会と定義し、都市の出現にともなって周辺の小集落がどのように後背地化するか(あるいはしないか)という明確な問題意識のもとに、広範な踏査によって発掘調査を実施する遺跡を選定し、計画的な発掘調査を実施し、検出した遺構と出土遺物について丹念な分析を行っている。特に、34,000点を超える出土土器のうち、何らかの特徴をもつもの約6,000点について、形態、胎土、混和材、色調等の総合的な分析を行い、ワリ期の土器が他の時期と比べて均質性が高く、生産のあり方が変化したと推測されるところなどは、社会変化と土器生産の関係として、日本列島を含む他地域と比較するうえで大変興味深い。

 アンデス考古学および国家形成論に対して、今後さらなる新しい研究の展開が期待される研究として、奨励賞にふさわしい。

第14回日本考古学協会賞 優秀論文賞 

米元史織 著 
MSMsの時期的変遷からみる江戸時代武士の行動様式の確立」 
『日本考古学』第54号 日本考古学協会 2022年5月発行 

推薦文

 江戸時代の身分・階層研究においては、武士とそれ以外(士・農工商)が区分されることが各方面から指摘されてきた。遺跡出土資料に発する研究として、考古学では墓制の違い、また形質人類学では頭蓋形質や栄養状態の違いについて議論がなされてきた。

 このような先行研究を背景に、米元史織氏は古人骨から身体活動(立ち居振る舞いなど)を推察する形質人類学的手法のひとつである筋付着部の発達度分析(以下、MSMs)により、江戸時代の武士の下肢7部位のMSMsパターンが、非武士層の同様のパターンと異なる傾向を指摘した別稿(米元2012.ほか)での研究成果をもとに、本稿では同様の手法を駆使して、江戸時代における時期的変遷や武士内部の階層差に配慮して資料を選定し、分析された。

 その結果、MSMsパターンの自由度の縮減、画一化を抽出し、この変化が江戸時代でも特に18世紀後半以降の武士の「立ち居振る舞い」について「武士らしさ」へ規制が増した結果と理解された。そして、これは他の研究者らによる頭蓋形質などの検討から導かれた「貴族化」の傾向ともよく調和するものであり、武士の官僚化が推進された社会情勢との関連のなかで生じた現象だと結論づけられた。

 本稿は形質人類学分野で一定の方法論が確立しているMSMsを、江戸時代の武士の資料に適用し、立ち居振る舞いなどの身体活動と身分、階層との相関を検討し、さらにその史的背景に言及した意欲作である。

 MSMsによる分析結果は、複雑な身体活動の一端を示すものと理解される。それにとどまらず、「立ち居振る舞い」の階層差という切口により歴史的解釈への道筋を切り拓こうとした着眼点は将来性を感じさせ、今後の研究の深化と展開が大いに期待される。以上により、米元史織氏による論文「MSMsの時期的変遷からみる江戸時代武士の行動様式の確立」を日本考古学協会賞(優秀論文賞)に推薦する。

第14回日本考古学協会賞 優秀論文賞 

内田純子 著 
Gender Structure in Pre-Qin China with Focus on Anyang Yinxu」 
『Japanese Journal of Archaeology』第10巻第1号 日本考古学協会  2022年11月発行 

推薦文

 本論文は、中国商代、中でもその後半期にあたる殷墟期の巨大都市遺跡である殷墟に焦点をあて、農耕社会の発展と都市の出現・発達により促された広義の社会的分業システム・労働分担とその時空間配分原理の変容過程を通じてジェンダー構造がどのように変化したのかを、考古資料に遺された高度手工業生産、祭祀行為、葬送行為、兵制、生業-家内労働などの痕跡の分析から検討したものである。

 その結果、(1)農業労働形態の変化による女性の地位の低下を基盤として、都市文明の成立と家内労働の生業・生産労働からの分化がジェンダー構造の分断と成層化を促したこと、(2)殷代から西周への移行期には、各地に本拠を置く氏族が出現し、婚姻の地域的範囲が大幅に拡大したため、ジェンダーの社会的意味づけと構造化の機制に大きなパラダイムシフトが生じ、女性の社会的地位の低下を促進したこと、(3)15歳から35歳の年齢帯における多産と多死傾向の強まりとともに、男性と比較しての女性の平均寿命の短縮が起こり、女性が社会の上層部に入ることを阻む重要な要因を構成し、男女の「役割」とその「序列」が固定化したであろうこと、が明らかにされた。

 以上の研究は、世界的考古学の趨勢であるジェンダー考古学の急速な発展の流れのなかに位置づけられる実践であるが、アジアの関連諸学における当該テーマの研究史・展開にも配視しつつ考古学的にアプローチ可能な問題点を析出し、都市文明発展過程の中でそれを検討・解明した点、また、それが日本人研究者によって中国考古学をケースとして実証的かつ理論・方法的にも優れた研究として提示された点で、日本考古学協会の英文機関誌の意義を顕著に高らしめるものである。

第14回日本考古学協会賞選考委員会講評

 第14回協会賞選考委員会を2024年3月5日(火)にオンライン型式で開催した。協会賞・奨励賞についてであるが、本年度は6本の応募であった。昨年度の応募が3件であったので倍に増加したのは喜ばしい。しかし、一昨年度11本の約半数であり、通常は10本ほどの応募数であったことを考えれば、推移を見守るとともになんらかの対応はやはり必要であろうとの意見で一致した。

 応募の対象となった業績は、日本を主たる対象としたもの4件、南米の研究が2件である。時代別では、縄文/弥生時代移行期2件、古墳時代1件、律令期1件、マヤ文明1件、アンデス文明1件である。縄文/弥生時代移行期を扱ったうちの1件は、中国、朝鮮半島と日本列島との関係を踏まえたグローバルな視点での研究であり、また古墳時代とアンデス文明を扱った2本は、国家形成に関する新進化主義学説を踏まえるなど、いずれも広い視野からの研究だという特徴がある。

 応募者は、80歳代が1名、60歳代が1名、50歳代が2名、40歳代が1名、30歳代が1名であり、大学名誉教授1名、大学教授1名、大学准教授1名、資料館学芸員1名、大学講師1名、大学助教1名であった。候補作はいずれも大著であり、学位論文を土台としたもの4本と長年の業績をまとめたもの2本など、年齢の分散に応じて多彩であった。

 今回の大賞候補の業績は、東北アジアにおける農耕文化の形成過程という重要な課題に対して、北部九州、朝鮮半島南部、中国東北地方の稲作受容期の土器の製作技術を柱に据えてアプローチし、実証的なデータの積み上げと分析をおこなった著作である。本書では、稲作受容の背後に移住を推定するとともに、在来の文化と外来の文化要素が併存し融合することによって新しい文化が生まれていく過程のモデルを示した。方法論の妥当性や実証的な緻密な分析が評価され、委員全員が大賞候補に推薦した。

 今回の奨励賞候補は、埋葬施設を中心とした古墳時代の葬制秩序とアンデス文明ワリ国家における小規模集落の性格の分析にもとづいて、文化人類学の理論を参照しつつ王権と地域とのネットワークや国家形成の問題にせまった実証的な研究であり、各委員に高く評価された著書である。大賞に準ずる優れた成果であり、今後に研究の発展が期待できる奨励賞にふさわしい業績であることから、委員全員が奨励賞に推薦した。

 なお、邦文誌の優秀論文賞に関しては、『日本考古学』編集委員会の推薦により1件の受賞候補を、英文誌の優秀論文賞についてはJJA編集委員会の推薦により1件の受賞候補を決めた。継続的な論文賞対象者確保のために、会員には奮って機関誌への論文投稿をお願いしたい。