2023.12
埋文委ニュース 第83号
日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会
本年度の日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会(以下、埋文委)の情報交換会は、2023年10月29日(日) 13時30分~15時30分に東北学院大学土樋キャンパス・ホーイ記念館3階H306教室を会場として、41名(会場13名+オンライン28名)の参加を得て開催された。山田康弘委員長による挨拶の後、開催地報告、そして各地の埋蔵文化財保護の状況等についての報告および活発な情報交換が行われた。
1.開催地報告
菊地芳朗副委員長(福島県)の進行により、近年の東北地方における埋蔵文化財保護に関する報告が行われた。
「旧多賀城海軍工廠の調査」小原一成氏(多賀城市埋蔵文化財調査センター)
多賀城海軍工廠は、太平洋戦争末期、航空機用機銃及び機銃弾薬などを製造する目的で1943年10月1日に設置された東北・北海道で唯一の海軍工廠である。終戦後、一時米軍が駐屯地として進駐したが、返還後に工場用地として利用されることとなり、火工部跡地の多くは、 1954年に陸上自衛隊多賀城駐屯地となっている。進出した工場の中には、旧海軍工廠の建物をそのまま利用する例も多くあった。
多賀城市では、2008年度より旧多賀城海軍工廠の遺構等の残存状況把握の調査を進めていた。2011年3月11日の東日本大震災により中断を余儀なくされたが、4月以降の文化財被害状況把握調査の中で、残存していた建物が被災していることが判明した。
深刻な被害を受けている建物も多くあり、取り壊し前に記録保存の意味も含め、建造物を中心に調査が実施された。残存建物の建築学的な調査のほか、被災等で取り壊す建物については、基礎構造等を把握するための考古学的な発掘調査も行われた。その成果は、展示会「多賀城海軍工廠とその時代―関連施設の調査を中心として―」において紹介され(2012年12月8日~2013年3月3日)、2015年3月には報告書も刊行されている。
以上の調査により、建物構造のほか、建築資材の調達範囲なども明らかとなり、文書および写真記録類調査と合わせ、不明な点が多かった工廠の実態に迫る貴重な成果が得られた。
なお、調査対象となった施設等は、いずれも文化財として指定されていなかったが、2009年度より策定が進められていた「多賀城市歴史的風致維持向上計画(2011年 12月6日認定)」において、その重要性が指摘されており、調査が行われるに至ったようである。
2. 地域連絡会からの報告
(1)中国地区連絡会
会下和宏委員(島根県)より、かねてより協議を続けている島根県出雲市大社基地跡遺跡群保存問題についての現況報告があった。また、同県松江市における調査組織の状況、鳥取県米子市が旧海軍掩体壕を史跡指定したこと、山口県の専門職員採用状況などについても報告があった。
藤野次史担当理事(広島県)からは広島市広島城三の丸跡をめぐる問題の現況についての報告があった。
(2)四国地区連絡会
吉田広委員(愛媛県)より、徳島市徳島城跡問題、高知県安芸市瓜尻遺跡問題の状況について、それぞれ報告があった。また、徳島城については、会場に参加した会員からも補足する情報提供がなされた。
今回の埋文委情報交換会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって3年ぶりに開催された昨年の福岡大会に引き続き、対面とともにオンラインを併用して開催された。昨年同様、以前の対面のみの開催方式よりも多くの委員の参加を得ることができ、活発な議論を交えることができた。今後も対面、オンラインそれぞれのメリットを活かしつつ、多くの委員の交流を図っていきたい。 (小笠原永隆)