遺跡とは何だろうか?
考古学は「遺跡」を研究する学問です。研究対象となる遺跡は、たとえば城郭やエジプトのピラミッドのような地上に突き出た巨大な構築物から、地下に埋もれて普段私たちが目にすることのないものまで、さまざまです。またその内容も、日常生活・祭祀・生産活動・墓などありとあらゆる種類があります。年代も、200万年以上前から近代にまで及びます。遺跡とは何でしょうか。
ひと言でいえば、遺跡は人間の活動した痕跡です。人の手の加わったものだけでなく、岩陰や洞穴のような自然のままのもの、あるいは水や、何の変哲もない川原石、ときには音や空気さえ、人がそれに触れたり、その力を利用したりした痕跡が認められれば、それは「遺跡」です。つまり過去に人間の関わったあらゆる痕跡が遺跡となりうるのです。そうして全国で認定された遺跡は、現在実に46万5000地点にのぼります(2013年の文化庁統計による)。なお、ほぼ同義で使われる「埋蔵文化財」は、遺跡のうち基本的に地中にあるものについての行政上の呼称です。
遺跡は「遺構」と「遺物」という二つの要素で構成されます。前者は例えば古墳や住居跡など「遺された構造物」、後者は石器や土器など「遺された物」、という意味です。この二つは多くの遺跡で共存しますが、なかには遺構だけあって遺物の出ない遺跡や、遺物が見つかるだけで遺構のない遺跡もあります。また両者の区別はときに曖昧です。たとえば一個の川原石は、それのみがぽつんとあるだけでは遺構とも遺物とも認めがたいものですが、複数の石が明らかに人によって集められていれば、それはれっきとした「遺構」です。そしてそこから取り上げられた石は、それ以後、「遺物」となります。つまり、遺構とは当時の大地の上に人間が与えた何らかの影響の結果であり、遺物は遺構の構成要素の一部が切り離されて可搬の状態となったものといえます。
遺跡が教えてくれるもの
遺跡は、ある遺構や遺物がどこに多くてどこに少ないか、どのように配置されているか、どんな形をしているか、などといったことを見せてくれます。それは当時の経済や、政治、文化、すなわち社会のあり方そのものの痕跡です。また、その地に暮らしていた人々が何を受け入れ、何を排除したか、という選択の結果です。とすれば、遺跡に見る遺構や遺物の姿とは、ある時代、ある社会の精神の営みが具体的な形となって表れたものにほかなりません。考古学とは、遺跡という過去の「モノ」について調べる学問ですが、遺構・遺物のありようを通して、私たちはその奥にある当時の人々の心の世界を見ているのです。
遺跡がつなぐ人類の過去と未来
遺跡が人間の活動痕跡である限り、それは人類の歴史とともに大きく変化し、多様化してきました。私たちの祖先は、はじめは洞窟の中や岩陰に身を寄せることによって雨風や他の動物から身を守っていました。道具といえば石や骨といった自然の素材だけでした。それが、加熱によって「モノ」の物性を変えることを知って以来、水を貯められる硬い器を作り、岩盤の中から金属を取り出し、遠い場所にいる人に情報を伝える方法を覚え、思いどおりの服飾を楽しみ、発達した言語を駆使し、多様な食材を味わうようになってきました。
私たちがこんにち目にしているのは、何から何まで、遠い昔に始まったそれらの最後の姿です。そして同時に、この先の未来へ変化していく起点でもあります。私たちは、それらがさまざまに形を変えて行く、その途中の姿を今まさに見ているのです。
遺跡も同じです。それもまたその時点の現在、すなわちある「モノ」がその時までに遂げた変化を見せてくれています。私たちは事象の始原を見ることができません。変化の全体を見ることもできません。ただ一つ、遺跡のみが過去と現代をつなぐ架け橋なのです。