第8回「『雲遊(云游)博物館』〜コロナ禍と中国の博物館」 小澤 正人

 「雲遊」という言葉をご存じでしょうか?日本語の辞書では「仏語。あてもなく旅すること。雲が移り動くさまにたとえた語(『精選版 日本国語大辞典』)」という説明がなされています。ただ、日常ではほとんど使わない言葉ではないでしょうか。私は中国の考古学を勉強していますが、中国語でもこの言葉にはこれまでお目にかかったことはありませんでした。ところが新型コロナウイルス感染症が流行する中、中国の博物館のサイトでこの「雲遊(云游)」という言葉を目にするようになったのです。

 中国では流行が早かったこともあり、1月末には多くの施設が閉鎖され、博物館も1月25日から全面的に閉館となりました。私などは「一ヶ月もすれば収まるだろうから、3月の終わりには中国にいこう」などと考えていましたが、そんな楽観的な考えはすぐに吹っ飛んでしまったことはご存じの通りです。

河北博物院の案内
(中国のメッセージアプリ「微博」に配信されたもの)

 そうした状況の中、2月に入ると各地の博物館がインターネット上に音声や動画による所蔵品の解説や講座、バーチャル展覧会といったコンテンツの掲載を次々と始め、バーチャルミュージアムが一気に盛り上がりを見せました。そのスローガンが「雲遊博物館」だったのです。すでにお気づきの方もいると思いますが、この「雲」は「クラウド」と引っかけていて、「インターネット上のバーチャルミュージアムを見に行こう」といった呼びかけだったのです。その後感染が下火になる中で、中国の博物館も5月1日ごろまでには順次再開し、「雲遊博物館」も一段落しました。

 一斉閉館中にバーチャルミュージアムが広がったのは、国家文物局(日本の文化庁にあたる中央官庁)の働きかけがあったようです(http://www.gov.cn/xinwen/2020-01/29/content_5472849.htm)。もっとも博物館関係者からはコンテンツの質が必ずしもよくなかったといった声もあり、課題が指摘されています。ただ、今回の経験をこれからの博物館に活かしていこうという記事も見られ、そのなかにあった「不能“请进来”,如何“走出去”?(来てもらうことができないないら、どうやって出ていくか?)」いった言葉には、その問題意識が象徴されているような気がします。

 この1年中国に行くこともできず、現在もいつになれば行けるようになるかわからないという、外国の考古学を専攻する者としては頭を抱えるような状況が続いています。ただもう流行前の生活には戻れないことは明らかで、「新しい生活様式」のなかでどうやって研究を続けるか、中国の博物館関係者と同じように、しばらく試行錯誤が続きそうです。

バーチャル故宮の入口(https://pano.dpm.org.cn/gugong_app_pc/index.html)