國學院大學での昨年の講義は後期1コマだけだったが、2020年春以来のコロナ禍の影響は夏休みが終わっても納まることがなく、兼任講師で受け持つ授業がオンラインとなった。担当する考古学特殊講義では縄文土器を彩る縄目の文様について、文様を施文する道具(縄文原体)の作り方、施文方法、文様の読み方と区別の仕方、器形や文様と土器型式との関係などについて話をしている。とにかく縄を作って、転がして、文様を観察して、特徴を区別して覚えてもらうためには、対面で直接手ほどきしなければ教えるのは難しいと考えていた。「撚ってみせ、言って聞かせて、撚らせてみ、ほめてやらねば、縄を覚えじ」とは、これまで講義を続けてきた実感である。夏休みが始まる頃に、前期授業をオンラインで経験した先生から話を聞いては、授業準備に戦々恐々としていた昨年を思い出す。後期授業が始まると、新たに作成する授業資料の準備に追われ、学生に課した課題にコメントを入れて返すのは、自分にとっては週ごとの結構なイベントになった。半年の講義を終えるときの学生諸君からの感想では、対面でなければ実現しないと思っていた縄文原体講義の実習的要素について、思いのほか理解されていることも判り、かつオンラインでは難しいだろうと想像していた学生とコミュニケーションの実感が得られたことは収穫だった。
さて、2021年度は前期にも1コマ授業を受け持つことになり、4月初回から対面で授業が始まった。大學の全授業が一斉に構内で開講という訳にはいかなかったが、少人数の教室は対面解禁となって講義が始まった。
コロナ感染者数の推移でみると、2021年の年明け直後には第3波のピークがあって、全国で1日8000人にも届こうかという数になり、東京だけで2500人を超える勢いとなっていた。第3波の収束にはそれから2か月ほどを要し、2月下旬にこの波が漸く治まったと思う間もなく、3月上旬には再び増え始めて第4波の到来となっていた。全国で桜の開花が比較的早まったという便りを耳にする一方で、感染者数は一向に減少する傾向がみられないまま新年度の始まりになったという訳である。
今年前期の授業は史学情報処理という講義を受け持ち、考古学に関連する測量技術について話をすることにしていた。遺跡調査の記録で重要な実測図作成の基本技術は測量である。考古学を実践してきた我々は、対象物が遺跡全体や古墳丸ごとといった広範囲かつ大規模なものを小縮尺で描く場合であれ、単体としての土器や石器などを原寸大で描く場合であれ、3次元の形状を2次元の方眼紙に描画する方法として、その技術を先輩から学び受け継いで実測図として残してきた。
明治10年大森貝塚発掘調査以来140年以上となった学問としての考古学の歴史の中では、遺構や遺物の出土位置を地球規模の情報として精度管理できるようになったのは最近のことであるといってよい。それこそ、モースが発掘した大森貝塚の実際の調査地点について、正確な場所がどこであったのか議論となった経緯もあったが、この講義では遺構や遺物の出土地点の再現性について、地図を作成する理論と方法を背景として、遺跡調査への測量技術の応用を解説することから始めている。
前期の授業はゴールデンウィーク直前にコロナ第4波の拡大が懸念されたため、5月ひと月がオンラインとなった。6月からは対面に戻り、7月には規定の授業回数をこなして前期を締めくくり、最終授業を教室で講義できたのは幸いだった。
さて、この原稿を提出しようかというタイミングで7月23日にオリンピックが開幕となった。現在感染の第5波は5月のピーク時をすでに凌駕していて、東京の感染者もこの1週間は2千人を超える勢いで増大を続けている。現在のワクチン1回目接種率は全国で約35.6%、2回目接種率は約23.4%ほどである。結果として無観客開催という最悪のシナリオとなってしまったが、200を超える国々から1万人以上の選手団がいつの間にか日本に到着していて、スタジアムで繰り広げられた3時間半以上の開会式は、静かな波乱の幕開けのようにも感じられるのであった。やっと梅雨が明けた列島は全国で軒並み34℃を超える猛暑となっていて、19日の週の発掘現場はその安全対策に特に神経を尖らせた。オリンピックの野外競技の開催は、たとえ場所を北海道に移してもコロナ以上に心配である。
世論はさまざまだが、祭典はすでに動き始めた。出場する選手の思いはさまざまであろうが、前回大会から5年の歳月を技術と肉体の鍛錬に費やしてきた努力の成果が、これからまさに試されようとしている。
あらゆる種目の記録更新と対戦相手との勝負の駆け引きを見守る我々は、その一瞬からさまざまな感動を期待している。コロナ感染の拡大が広がらないように。熱中症で倒れる人が現われないように。オリンピックを開催したことが後の日本の後悔につながらないように。これまで経験したことのないオリンピック開催であるだけに、無事終わることで歴史的な開催としてその名が刻まれることを期待するばかりである。
オリ・パラが落ち着く9月下旬には、夏休みも終わって後期授業が始まる。全回オンラインだった昨年の講義内容を、今年はじっくり対面で出来ることを期待している。新しい変異株の出現はワクチン接種の効果を減じさせるかもしれない。状況が好転する保証はどこにもないが、自らが罹らないようにすることと、拡散しない努力をすることに尽きるだろう。自由に動いて資料見学に行ける日常が待ち遠しい。考古学を学ぶ我々にとっての戦いのフィールドを自由に駆け巡ることが出来る日々を願って、今だからこそできることを模索しながら将来の研究にそなえるばかりである。