第23回「地方の研究者はコロナ禍とどう向き合っているか」  関根達人

 今日から7月。勤務する弘前大学でも4日前から新型コロナウィルスワクチンの職域接種が始まったが、市内でも小規模なクラスターが続いており、第5波の到来が危惧される。

 新型コロナウィルス感染症の国内感染が初めて確認された2011年1月頃までは、日本考古学協会の理事を務めていたこともあり、ほぼ隔月で上京していた。理事会前の11時から始まる総務会に間に合うため、早朝5時に自宅を出て、23時近くに帰宅することもしばしば。片道3時間超の新幹線は、往路は「書斎」、帰路は「一人居酒屋」であった。最後に上京したのは2021年2月だから、羽田空港でのトランスファー以外、1年半近くも東京の地を踏んでいない。

 飛行機といえば、新型コロナの感染拡大による減便が地方を直撃している。このところ南島の葬墓制に魅せられ沖縄・奄美に行く機会が増えたが、青森からの直行便がないため、羽田での乗り継ぎとなる。チケット代を節約するため数ヶ月前に予約するのだが、予約便が減便により欠航となったので代替の便をご用意しましたとの「親切」なメールが航空会社からこの半年で3回も届いた。いずれも乗り継ぎが全く考慮されていないため、代替便は使えない。乗り継ぎ便も含めて取り直すことになるのだが、これがなぜかWeb上ではできない。結局は航空会社に電話するしかないのだが、これが一時期のワクチン接種申し込み以上に一向に繫がらない。ようやく繫がったオペレーターに文句を言うわけにもいかず毎回ストレスが溜まることになる。

 樺太アイヌの物質文化研究のためサハリンで行ってきた資料調査は、コロナ禍で昨年に続き今年も断念せざるを得ない。昨年は函館市北方民族資料館所蔵の馬場脩と児玉作左衛門収集の樺太資料の調査に代えた。何れも南樺太が日本領だった時代に集められたものだが、これまでほとんど手つかずの状態だったので、ある意味、サハリン調査以上の成果が得られた。コロナ禍により「灯台もと暗し」を教えられた。

 この一年、地方でも研究会や会議のオンライン化がだいぶ進んだ。6月は刀装具研究会と青森県考古学会にオンラインで参加した。前者は北海道枝幸町目梨泊遺跡出土の金銅装直刀をテーマとしており、コロナ禍でなければオホーツクミュージアムえさしで開催されたであろうから、容易に参加することはできなかったに違いない。全国から様々な分野の研究者が多数参加し、実に盛会であった。現地開催なら半分も集まらなかったであろう。一方、青森県考古学会は初めてのオンライン開催ということもあり、例年より参加者は少なかった。青森県考古学会も高齢化が進んでいるが、毎回会場で必ず元気な姿を見かけていた方々が、今回はほとんど不参加であった。年配者にはオンライン研究会はまだハードルが高いのかもしれない。10月の大会は対面とオンラインを併用したハイブリッド開催になるようだ。

 来週は職場での1回目のワクチン接種と、今なお緊急事態宣言下にある沖縄での資料調査のために初のPCR検査が予定されている。グローバル化の進んだ現在、新型コロナウィルス感染症は、都会と地方の研究環境の差異をさらに縮めることになると感じている。

 


沖縄県久米島の古墓