2018年2月13日、葛飾柴又の文化的景観が日本を代表する景観地の一つとして都内で初めて国重要文化的景観に選定された。葛飾区では、国への選定申出を行うにあたり、保護の実務を教育部局、PR等の活用を産業観光部局が担当分担することになり、私も前年度に博物館から観光課の学芸員として異動して文化遺産を観光資源として活用する仕事に就き、現在に至っている(今年5月から博物館も兼務)。
葛飾区産業観光部観光課では、「葛飾柴又の文化的景観」の魅力を紹介・PRし、観光誘客に繋げるイベントを「葛飾柴又」重要文化的景観イベント実行委員会(以下、実行委員会と略す)を組織して、地元と協働して取り組んでいる。主催者となる実行委員会は、葛飾区、一般社団法人葛飾区観光協会、NPO法人柴又まちなみ協議会、柴又自治会、柴又神明会、一般社団法人葛飾区観光協会柴又支部、帝釈天題経寺から構成され企画・運営を行い、実行委員会の下に作業部会を設け、実施に向けた実務的な調整を行っている。
この実行委員会立ち上げの目的は、重要文化的景観選定を柴又地域の方々に周知するとともに、その価値にあらためて気づいていただくことで、まちへの誇りを醸成し、景観の保存・継承の気運を高め、さらに文化的景観の保存・継承を担う次世代の人材を育むことにある。
選定から1年目の2019年3月には、「葛飾柴又」重要文化的景観イベント2019として「葛飾柴又今昔物語」(3月4日~10日)と「柴又まち巡りスタンプラリー」(3月9・10日)を昼のイベントとして開催、区ではこのイベントに合わせ文化的景観の重要な構成要素であり象徴的な柴又帝釈天で、諸堂を照らし出すライトアップ(3月4日~10日)と、本堂を舞台としたプロジェクションマッピング映像を投映した(3月9・10日)。映像は、猿・龍・神獅子などを登場させ、水との関わりなど、柴又の歴史と文化をイメージしたコンテンツを制作し、夜の柴又の賑わいを演出した。イベント開催中、昼夜を合わせて延べ4万8千人余りの参加者があった。
2020年3月にも昼のイベントとライトアップを実施するべく、設営や印刷物等の契約を済ませ、準備を進めていたが、国の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言及び緊急事態宣言期間延長の発出に伴い開催中止とした。
2021年は、前年新型コロナウイルス感染症への対応からイベントを中止したこともあり、疲弊している柴又地域の支援の一助としても開催するべく、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に十分留意し、安心安全を確保したイベントが開催できるよう実行委員会で検討した。
そこで今回のイベントを開催するにあたり、文化的景観を構成する中心部・周辺部・縁辺部への回遊を促すとともに、いつでも誰でも、のんびりと柴又散策を満喫できるものとすることで、三密を回避しながら楽しむことのできる「新たな生活様式」の観光を提案し、安全安心な観光のまち柴又のアピールと観光回復に寄与するイベントにするため、「葛飾柴又の文化的景観」の価値や魅力を紹介し、柴又散策の楽しみを提供する新たなツール(AR)を制作して取り組むことにした。
イベント名称は、「「葛飾柴又」重要文化的景観イベント2021 国重要文化的景観の魅力発見 ~葛飾柴又のんびり散歩~」とし、「葛飾柴又AR謎解きラリー」(区主催イベント)、「葛飾柴又今昔写真展」(地元主催イベント)の2つの催しを実施した(2021年3月8日~3月21日)。
ここでは考古資料を含め重要な構成要素を素材とした「葛飾柴又AR謎解きラリー」について紹介したい。
ARは、(1)文化的景観のエリアを広く使ってARスポットを配置することで、三密を避けながらのんびりと散策を楽しんでいただけるものとする。(2)2019年3月に柴又帝釈天で上映したプロジェクションマッピングに登場した龍や猿などのキャラクターを登場させ、また、謎解きの要素を組み込むことで、子どもから大人まで幅広く楽しむことができるものとする。(3)柴又の歴史や文化、奥深さを分かりやすく紹介し、楽しみながらその魅力に触れていただけるものとする。
以上の3点をコンセプトに挙げ、AR画像と謎が与えられるARポイントを国重要文化的景観選定エリア内の重要な構成要素のなかから8地点設定した(①柴又駅前広場(スタート)、②柴又八幡神社、③帝釈天王安置の碑、④柴又帝釈天境内、⑤山本亭、⑥葛飾柴又寅さん記念館、⑦矢切の渡し、⑧柴又用水跡・中通り)。
コースは、スタートの柴又駅から遠い場所は必須のスポットとせず、「お手軽コース①~⑥」と「チャレンジコース①~⑦」を設定することで、時間や体力に合わせて参加できるようにした(10時~16時迄)。
参加にあたっては、柴又観光案内所などで配布しているフライヤー(写真1)を入手して好きなコースを選び、各ポイントに到着したらチラシに印刷してあるポイントのQRを読み込んでアプリを立ち上げ、ポイントの設定されているマーカーにスマートフォンをかざすことでコンテンツが見られるようになっている(写真2)。コンテンツには、その場所にある重要な構成要素や文化財などの解説と謎解きの問題が提示され、フライヤーに回答を記入していく。謎解きの正解に辿り着いた方には、柴又観光案内所で「オリジナルクリアファイル」と「ARのエンディング映像」をプレゼントし、「チャレンジコース」の方には、スペシャルな「ARのエンディング映像」をプレゼントし、イベント参加及びコンプリートの動機付けとした。
ARコンテンツ『葛飾柴又AR謎解きラリー ~千年時間旅行~』のストーリーは、龍が守護する葛飾柴又の宝物である歴史と文化の記憶がおさめられている宝玉を猿が誤って割てしまい7つの場所に散ってしまった。葛飾柴又を守るためには、宝玉を元通りに戻さなければならない。そのためには葛飾柴又の7箇所を巡り、7つの幻を集めなくてはならない。国重要文化的景観に選定された「葛飾柴又」を訪れたあなたは、龍から宝玉の復活を託され、過去を旅し、7つの謎を解き明かしていくという筋立てである。
ARポイントのひとつ柴又八幡神社では、東京義邸有形文化財の柴又八幡神社古墳出土の埴輪が写真とイラストで登場し、猿が「ここは柴又の鎮守「柴又八幡神社」。柴又の歴史を見守ってきた古い神社なんだ。社殿の下には、6世紀末~7世紀初頭に造られた東京下町では唯一の前方後円墳があるんだよ。帽子をかぶった埴輪が出土して、「寅さん埴輪」と呼ばれて親しまれているんだ。この時代、日本には帽子を被る文化がなかったから、この帽子をかぶった埴輪は、当時最先端の朝鮮半島からの渡来文化が柴又にもたらされていたことを物語っているんだ。それと、この神社に伝わる神獅子舞は、柴又の人々が大切に守り伝えているんだよ。」と解説してくれ(写真3)、謎解きの問題が出される。
今回、コロナ禍という状況下のなかで、国重要文化的景観に選定された「葛飾柴又の文化的景観」を観光資源として活用を試みたイベントの様子を紹介した。「葛飾柴又AR謎解きラリー」に参加した人は、アンケートの結果、「面白かった」49.6%、「柴又の歴史を学べた」が16.2%となり、あわせて65.8%の方が満足いただけたようである。考古資料も含め柴又の歴史を素材としたコンテンツを見て、「柴又の歴史を学べた」と各世代の方からお答えいただき、文化的景観の認知度向上にも寄与することができたとのではないかと思う。その一方で、ARの問題が「難しい」という方(19.7%)、「簡単」という方(3.5%)もあり、難易度設定の難しさなど取り組むべき課題も認識することができた。
またコロナ禍でのイベント開催については、特に指摘及び改善すべき点の回答はなく、自由意見記載欄に「コロナ禍で屋外のイベントはとてもうれしい。柴又について楽しく学ぶことができた。」とあり、密を避け安心安全に留意して本イベントを企画運営側の一人として少しばかりホッとしている。
今回制作したARは、2022年2月末迄引き続き活用することが可能であるが、現在の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言及び緊急事態宣言期間延長が発出されている状況下で、積極的なPRができないでいる。感染状況を注視しながらイベント期間終了後も来訪者に楽しんでいただける「葛飾柴又の文化的景観」を紹介するコンテンツとして、また、ウィズコロナ・アフターコロナにおける柴又観光の楽しみ方のひとつとして取り組んでいきたいと思っている。