第34回「21世紀の鬼」 馬淵和雄

 奈良・春日大社創建の由来を綴った鎌倉時代後期成立の『春日権現験記』に、疫病に侵された家を赤い鬼が軒端から覗き込むよく知られた場面がある。室町時代中期の『百鬼夜行(やぎょう)絵巻』は、夜に跋扈する異形の鬼どもをさまざま描く。初期の武士は鬼を退治して神話的存在に昇華した。合理的説明を持たない非近代の世界では、疫病であれ自然災害であれ、あらゆる災厄は鬼が媒介した。何しろいたるところに潜んでいるのだから鬼の数も膨大で、私たちの先祖は工夫を凝らしてこれに対処した。それらは今も正月の遊びや節気の習俗によく残っている。どんなに科学が発展しても呪術がなくなることはないのである。現に鬼を滅ぼすのを主題としたアニメ映画は大流行りするし、疫病退散を担うという「アマビエ」を見つければ、その絵をどこにでも貼り出す。

 コロナ禍の2年間で、この連載でも書かれているように、確かに考古学の世界もさまざまな変更を余儀なくされた。学校の授業はもちろん、考古学協会の理事会や委員会もほとんどが「オンライン」となった。しかし、会議の「オンライン」化などは、コロナ禍がなくともいずれ多用されたに違いない。コロナ終息後も「オンライン」の活用は、進みこそすれ、縮小されることはあるまい。対面でないことの不便さもいずれ克服されるだろう。

 考古学の根幹をなす発掘調査は、モノ(物質文化)を扱う。こればかりは実際に現場でじかに接しない限りどうにもならない。はじめて緊急事態宣言が出たとき、現場を休止にした調査組織は少なくなかった。しかし2度目のときは通常通り作業を進めたところが大半だったように思う。テントや仮設建物内での過ごし方に注意は必要だが、幸いなことに発掘作業自体は野外でおこなうものであり、ピットなどが稠密に出た場合などを除き、それほどの「密」にならなくても済むからだ。誤解を恐れず言えば、コロナ禍が私たちに与えた影響は、世間の他の職業に比べ少なかったのではないか。私たち職業考古学者は、野外作業の意外な効能?に感謝しなければならない。

 疫病は21世紀の鬼である。だが、流行はいずれ必ず収まる。そして科学的手法を知っている私たちは、先祖より少しだけ進んだ方法でそれに対処するはずだ。

 最後に、鎌倉時代後期の呪符木簡を掲げておこう。書かれているのは「もろもろのなをのそくふた(諸々の儺を除く札)」。呪符の決まりに則った文言ではなく、効果のほどもわからないが、追儺を願う中世人の必死の思いが伝わってくる。日々不便を強いられている全国の仲間たちにも効能の及ぶことを期待したい。

 

鎌倉市・若宮大路周辺遺跡群 雪ノ下一丁目210番地点出土