小学校における「人類の出現から旧石器時代」に関する歴史学習の必修化を求める声明
私たちは、人類の出現から旧石器時代の歴史を小学校の段階から学び始める必要があると考えています。現代の子どもたちは、グローバルな視野から長期的スケールで物事を理解することが求められています。そのうえで地域の特性や生活の移り変わりを理解することで、それぞれの国や地域が抱える課題を身近に考えることができるようになります。人類学や考古学の学際的な研究では、現生人類の歴史として、東アフリカを出発した一握りの集団が世界各地に拡散し、多様な気候・風土に適応しながら、独自の生活習慣や文化を育んできた道筋が明らかになってきました。すなわち、今に生きる私たちは、一つの家族ともいえる存在なのです。このような知見は、民族や文化の多様性を尊重すべきという現代的な思想に自然と繋がっていきます。そして、人類の進化と共に多様な環境を克服してきたその長い歴史は、様々な角度から、今日に命を繋いできた先人の生きる力と知恵を理解する文理融合と文理横断的な学びの視野を育むものでもあります。
これまでに、私たちは学術的な研究成果の進展に基づき、文科省をはじめ関係機関に様々な形で学習指導要領や教科書の改善要望をして参りました。例えば、学習目標から除外された縄文時代の取り扱いについて改善を求め、2011年からは全ての教科書にその記述が復活しました。しかし、学習指導要領における歴史分野の学習目標と内容は、依然として「我が国」という枠組みが前提とされているため、「国の始まり」以前の歴史の記載は著しく簡略化が進み、2020年度の検定以降、旧石器時代の記載は教科書からすべて抹消されてしまいました。私たちは、この動向を学術の振興や国が定める教育の目的に相反する傾向として深く危惧しています。
2006年に改正された教育基本法では、身近な地域の文化財を大切にするとともに、他国の文化・伝統を尊重し、広い視野から国際社会の在り方を考える姿勢の育成が新たな目標に追加されました。さらに現行の学習指導要領では、小学校第6学年の社会科において「我が国の政治」「我が国の歴史上の主な事象」「グローバル化する世界と日本の役割」という国際理解の3項目が記され、授業計画も「公民的分野」に始まり、次いで「歴史的分野」を学習するように変わりました。現代社会が抱える課題を把握し、そこに至る経緯や、先人が課題を解決してきた歴史を学ぶことで、日本の文化や伝統の担い手として、世界の人びとと共に生きることの大切さを子どもたちに自覚してほしいという狙いがあるからです。このことから、取り扱う時代を限定するのではなく、むしろ人類の歴史を長期的な視野から理解するという観点が必要であるといえます。
私たちは、歴史の学びを人類の誕生と進化、そして旧石器時代から始めることで、世界の各地で暮らす人類は、同じヒトとして尊重すべき仲間であり、苦難を乗り越えて今日に命を繋いできた仲間であると子どもたちに伝えることができると考えます。そして、全国に分布する旧石器時代・縄文時代の遺跡は誰もが共有できる歴史遺産です。より身近にある歴史遺産を通して、多様な価値観を尊重し合う態度や豊かな感性を育むことは、地球の未来を共に支え合う人材育成を目指す国際理解教育にとっても、きわめて学習効果が高い取り組みとなるに違いありません。
以上のことから、歴史を学ぶはじめの一歩として小学校第6学年の歴史学習に「人類の出現から旧石器時代」の学びを明確に位置付けるように、学習指導要領を改訂することを強く求めます。
以上
2025年6月11日
一般社団法人 日本考古学協会 会長 石川 日出志
一般社団法人 日本人類学会 会長 海部 陽介
日本旧石器学会 会長 堤 隆