前・中期旧石器問題調査研究特別委員会最終報告

第70回総会「前・中期旧石器問題調査研究特別委員会報告」での口頭発表全文- 2004年5月22日

1.はじめに-経緯と検証結果-

 2000年11月5日、藤村新一元会員による旧石器遺跡捏造問題が発覚し、日本考古学協会は直ちに特別委員会の設置を決め準備会(委員長 戸沢充則明治大学教授・当時)を発足させた。準備会は実質的な調査を開始するとともに、捏造疑惑のもたれた9都県の関係自治体および関係調査団に対し、疑惑の有無について、この時点での可能な調査をお願いした。これに対する多くの回答は疑惑に対しはむしろ否定的でさえあった。

 2001年5月、前・中期旧石器問題調査研究特別委員会(委員長 戸沢充則明治大学教授・当時、2003年5月まで、以後、小林達雄國學院大學教授)が正式に発足し、疑惑のもたれる関係遺跡の出土資料の検証を開始するが、ほぼこれと前後して進められた埼玉県教育委員会、山形県尾花沢市教育委員会、福島県安達町教育委員会、東京都教育委員会による遺物の検証や検証発掘調査の結果は、いずれも捏造と判断される結果となった。

 いっぽう、戸沢委員長による藤村元会員との面談が実現し、この中で60余遺跡において捏造を行ったことが告白された。これらの中には座散乱木遺跡も含まれることから、1980年代以降の前・中期旧石器研究の骨格をなしてきた数多くの遺跡のすべてに問題がある可能性が極めて高くなった。

 安達町一斗内松葉山遺跡、尾花沢市袖原3遺跡、埼玉県秩父の関係遺跡に続き、捏造の発覚した宮城県上高森遺跡においても、検証発掘調査が地域の考古学会を中心として実施され、調査団の発掘調査技術や現場における出土状態、包含層の検討などに重大な欠陥があったことが指摘されることとなった。

 2002年4月には文部科学省科学研究費補助金特別研究促進費の補助も受け、座散乱木遺跡の検証発掘調査を実施することとなり、この結果も既報のごとく、縄文時代草創期、後期旧石器も含めて全面的に捏造であることが確証されることとなった。宮城県教育委員会等も本格的に疑惑のある関係遺跡の出土資料等の検証を進め、いずれも一部に石器としては真性の資料を含むものの、少なくともこれらはすべて前・中期旧石器と認めることの出来ないものであり、結果的には藤村元会員の関与した168遺跡のすべてについて捏造との判断を下すことになった。

2.前・中期旧石器問題調査研究特別委員会の活動

 特別委員会は5つの作業部会を設け、関係出土遺物の検証、関係遺跡の検証を進めるとともに、自然科学的な諸手法の再検討や石器の型式学的な検討、そしてこの捏造事件の背景や影響の調査といった広範囲の調査を進めてきた。

 関連領域との共同的な研究は旧石器時代研究においては必要不可欠であるが、これらの諸研究について、埼玉県教育委員会の検証調査や上高森遺跡、座散乱木遺跡における検証調査において、再測定や再検討が進められ、これまでの理化学的な測定値などと大きな齟齬はなかったものの、前・中期旧石器とされるものが出土したという考古学側の認識に整合するようなデータや事象の解釈が行われてしまった部分があることが指摘されることとなった。また、包含層の地層自身が、長い年月の間に様々な営力により変化していることへの認識が弱かったことも指摘され、遺跡形成学的な観点の重要性を改めて認識させられた。

 型式学的な検討の結果は、捏造に利用された石器のほとんどが縄文時代の所産であることを裏付けるものであったが、これは同時に、縄文時代研究における石器研究の弱さを明らかにするものでもあった。旧石器時代の石器の型式学的な研究の深化も重要だが、これまで明確な製品中心にしか研究が進められてきていない縄文時代石器の研究の深化も、重要な課題として提起されることとなった。

 捏造の背景や社会的影響についての調査は、藤村元会員による捏造行為が1970年代にまでさかのぼることを明らかにし、また新発見が大々的に報道され、教科書に取り上げられるようにまでなっていった動きを総括し、考古学者、行政、報道等のいくつかの問題点を指摘した。

 これらの大部分については、2003年5月に刊行した報告書『前・中期旧石器問題の検証』において既に報告したとおりである。

 2003年5月以降の活動について付け加えれば、長崎県入口遺跡、岩手県金取遺跡の調査に特別委員会委員が関与するほか、海外での捏造問題についての報告を実現すること、自然科学領域との共同研究のあり方についてのシンポジウムを実施することが進められた。

 海外での報告は、2004年4月アメリカ考古学会においてシンポジウムを開催し(コーディネーター:井川=スミス 史子・矢島國雄)、小林達雄前・中期旧石器問題調査研究特別委員会委員長、小野 昭東京都立大学教授、白石浩之愛知学院大学教授、佐川正敏東北学院大学教授、矢島國雄明治大学教授が、それぞれ特別委員会の検証活動の具体的方法と内容、今日の旧石器時代研究の現状、移行期である縄文時代草創期の年代を中心とした問題について報告し、ジナ・バーンズ教授が日本の包含層の土壌学的、化学的な性格について報告した。捏造問題に正面から取り組み、科学的な検証を行い、その結果を早期にまとめ報告した学会の姿勢に対しては、シンポジウム出席者の多くから好意的な評価をいただいた。

 関連領域との共同研究のあり方をめぐるシンポジウムは2004年3月に開催し、自然科学の各領域の研究者および特別委員会委員30余名が参加した。このシンポジウムでは、これまでの共同研究がややもすると協同の実が挙がっていないものがあることが指摘され、都合のよいデータのみの評価が前面に押し出される傾向があったことなどが反省されたが、相互の学問のより一層の理解が不可欠であるとともに、特に考古学側の主体性の確立、共同研究を持ちかける考古学側で、何をどう明らかにするために、どのような共同的な研究を進めたいのかが明確にされることが最重要であるなどの点について自然科学の研究者から指摘された。今回の検証活動を通じて、これまで利用されたいくつかの自然科学的手法に関しても再検討、再調査を進めたが、すべてを実施できたわけではない。地磁気、電子スピン共鳴法、脂肪酸などに関しては検証・検討を行っていない。将来の研究展望を切り開くためには、これらについても何が問題であったのかを明らかにするとともに、より高精度での活用が可能か否かを検討する必要がある。

3.協会としての責任と旧石器時代研究の将来展望

 今回の捏造問題に関して、日本考古学協会は直ちに事態の全面的な検証を特別委員会を組織し、全学界的に進めてきた。その結果はこれまで報告したとおりであり、こうした取り組みを進め、速やかに結果を公表することで学会としての基本的な責任は果たしてきたものと考える。

 同一発表者の度重なる報告を認め、これが結果的に捏造旧石器を認知させることになったとの批判があった。しかし、学会発表は会員の権利であり、度重なるからということでこれを排除するべきものではないこと、発表はあくまで発表に過ぎず、この内容のすべてが直ちに学界が認知したものとはなるものではないことを前提として述べた上で、これまでの学会において批判的な議論が充分活発であったかどうかについては反省すべきものがある。また、学会発表の運営等に工夫をする余地があるものと考える。なお、研究発表はレフリー制をもつ学術誌に発表することによって、初めて意味をもつものであることが、人文系の科学では今日なお明確であるとはいえないが、機関紙『日本考古学』等の活用を進めることで、この課題についても改善を進めることができるものと考える。

 考古学研究者、日本考古学協会員としての倫理に関しては、倫理問題検討小委員会が理事会内に設けられ、鋭意検討が進められていると聞いている。この課題については理事会にゆだねたい。

 旧石器時代研究、とりわけ前・中期旧石器時代研究は、ある意味で振り出しに戻ったことは否めない。しかしながら、この捏造問題の検証活動を通じて獲得したものは決して少なくない。これを生かして将来の研究展望を拓く必要がある。改めて石器の型式学的な論議の高揚と、遺跡形成論的な観点での出土石器の厳密な検討が進められることが最重要の課題であろう。また、関連領域の諸科学との、単にもたれ合い、利用しあうだけの関係ではない、十分にテーマを議論しながら共同研究の開発を進めることもきわめて重要な課題である。

(2004年5月21日 前・中期旧石器問題調査研究特別委員会委員長 小林達雄)