「第7回日本考古学協会賞」選考結果について
「第7回日本考古学協会賞」には、締切日までに8件の応募がありました。2017年2月16日(木)に選考委員会が開催されて、日本考古学協会大賞には廣瀬覚氏の著書『古代王権の形成と埴輪生産』、奨励賞に上條信彦氏の著書『縄文時代における脱殻・粉砕技術の研究』がそれぞれ推薦され、3月25日(土)の理事会で承認されました。各賞は、5月27日(土)の第83回総会において発表され、谷川章雄会長から賞状と記念品が授与されました。
受賞理由は、次のとおりです。
第7回日本考古学協会大賞
廣瀬 覚氏
『古代王権の形成と埴輪生産』同成社 2015年5月発行
推薦文
埴輪が古墳時代研究の重要な素材であるという認識はすでに形成されて久しく、これまでに多くの研究成果が世に問われている。当初は埴輪の成立を、弥生墳丘墓に配置された特殊器台や特殊壷からの変遷過程に見出す研究が注目された。つまり埴輪の起源論である。その後、埴輪は基本的には古墳築造時に配列することから、古墳の編年にとって古墳相互の年代的位置付けに有利であるとの認識も手伝い、川西宏幸氏の「円筒埴輪総論」が提示されるに至った。この画期的な研究によって全国の古墳相互の年代的関係が整理され、その後埴輪研究がより一層進展した。近年は埴輪の微細な相違、綿密な観察に基づいた手癖などの認定に基づいて、工人を特定し彼ら埴輪工人の組織論に及んでいる。
以上のように埴輪研究の現状は、人物埴輪に表現された服飾や装飾品に注目して古墳時代の服飾文化を復元するような過去の即物的研究を乗り越えて、埴輪起源論を始め、緻密な年代論から進んで工人の特定や彼らの組織を復元するという古墳時代の社会構造研究に及んでいる。ただし、これまでの研究では各地域の研究は盛んであったものの、古墳時代の中心である「畿内」と他地方との関係についての分析は、概略的な研究が示されたのみで、未だ十分な分析が行われたとは言い難い部分が残っていた。
本研究が最も優れた点は、以上の認識に基づいて埴輪を分析するに際し、大量の埴輪をしかも南九州から関東に及ぶ汎列島的規模で実際に実見観察した結果に基づいて分析していることである。これは遺物の分析にとっては当然のことではあるが、実際にこれだけの資料を渉猟することは並大抵のことではなく、著者の埴輪研究に対する真摯な姿勢と熱意の表れであると思われる。こうして得られた成果に基づき、生産体制の分析に進んだ上で、「王権」側と「地方」政権側との関係性の分析に及ぶ部分は、これまでの埴輪研究の成果をはるかに凌駕している。近年目立つ観念論ではなく、実証的分析をもとに王権のあり様に進んだ分析は、考古学の王道として今後の埴輪研究が必ず参照するべき基本的文献となるに相違ない。今後は本研究では触れていない後期古墳の埴輪についても分析を行い、古墳時代を通して王権の盛衰を追究してほしい。本研究は、そのような期待を抱かせるに十分な内容であり、日本考古学協会大賞に相応しい研究として推薦する。
第7回日本考古学協会奨励賞
上條信彦氏
『縄文時代における脱殻・粉砕技術の研究』六一書房 2015年10月発行
推薦文
磨石・敲石・石皿をはじめとする礫石器は、縄文時代の基本的な食料加工具の一つであり、縄文時代を通じて普遍的に使用された、いわばありふれた石器である。しかし、それらの具体的な機能・用途については、一般的に植物質食料の加工用と説明されているのみであり、多様な形態差やそれらの時間的・地域的変化が具体的に何に起因しているのかを解明した研究はこれまでなかった。本論は、10万点以上の膨大な礫石器を全国的な視野で網羅的に検討し、縄文時代の脱殻・粉砕技術の復元を目指した、前例のない総合的研究である。縄文時代の基礎的な生産技術とその特質の解明に寄与する基礎研究として、その意義は高く評価される。
本研究のとくに優れた点は、機能・用途の解明に迫る着実な研究方法に認められる。従前の研究が主に形態分類に基づくものであったのに対して、論者は上石・下石のセット関係という基礎的な視点に加え、複製石器による使用実験と使用痕観察に基づく実験考古学的方法、および野生植物利用にかかわる民具や民俗・民族例との比較照合に基づく民族考古学的方法を導入した。全国的に関連資料を実地に観察して基礎データを計画的に収集し、多様な礫石器の機能性と用法を実証的に捉えることに成功している。加工対象・加工目的・加工法・素材の相関関係を多角的視点から実証的に解明してモデル化したことは、礫石器研究の方法論を革新するものとして評価できる。
本論の研究目標は、単に加工対象や食品の種類を調べるだけでなく、地域植生や環境史を背景に成り立つ生業システムと適応戦略の中に、脱殻・粉砕技術を位置づけて理解することにある。特殊磨石・スタンプ形石器・北海道式石冠・扁平石器・石鹸形磨石などの特徴的な器種を取り上げて使用痕のパターンや比率を検討し、使用法の時期的・地域的様相を検討している。それを踏まえて縄文時代の脱殻・粉砕技術の変化と画期を捉え、萌芽期・開発期、展開期、拡散期の3段階に区分してマクロな変遷を説明している。そこには、堅果類の殻剥きなどの敲打作業を基本的用途としながら、次第に用法が効率化し、粉砕機能などを付加した道具を複合的に組み合わせる形で、技術が深化してきた過程が示されている。
論者が調べた民俗例によれば、礫以外に木槌や杵などを併用する場合も多く、脱殻・粉砕技術をより多角的に捉えるためには出土木製品の検討が課題となる。また、石皿の残留デンプンに着目した研究や、出土植物種子あるいは土器の種子圧痕など、異なる研究法とのクロスチェックも今後の課題となろう。そうした諸課題も本論の評価を損なうものではなく、むしろ今後の研究の発展性を予感させるものである。まさしく奨励賞にふさわしい意欲的研究であり、選考委員会として推薦する。