第10回日本考古学協会賞
「第10回日本考古学協会賞」には、締切日までに9件の応募がありました。2020年3月4日(水)に選考委員会が開催され、大賞及び優秀論文は該当なし、奨励賞には新里亮人氏と松本圭太氏が推薦され、3月31日(火)のメール審議による理事会で承認されました。各賞は第86回総会議案書において発表されましたが、新型コロナウイルス感染拡大により表彰式が開催できなかったため、賞状と記念品は後日、個別送付させていただきました。
受賞理由並びに講評は、次のとおりです。
第10回日本考古学協会賞 奨励賞
新里亮人 著
『琉球国成立前夜の考古学』 同成社 2018年10月発行
推薦文
本研究は、九州島と台湾の間、南北1,000キロ以上に連なる琉球列島(南島)から出土する「食器」(陶磁器・土器・石鍋)の分析をとおして、グスク時代の社会や経済状況、交流関係を解明し、琉球国の成立の歴史的背景を追求することを目的とする。
今世紀に入り、奄美諸島でグスク時代の生産・流通拠点となる遺跡や大規模集落・城郭の調査・研究が急速に進んだことで、沖縄本島内での発展段階的な琉球王国成立論が見直され、琉球国の成立に外的要因を求める見解が注目されるようになった。そうしたなか、新里氏は、琉球列島産食器類(在地土器・徳之島産カムィヤキ)の編年や技術系譜を明らかにするとともに、それらと舶来食器類(九州産滑石製石鍋・朝鮮半島産無釉陶器・中国産陶磁器)とのセット関係を九州や南中国などの周辺地域と比較検討することで、交易関係と社会の在り方に焦点をあて、グスク時代の琉球列島の歴史が東アジアの中世世界とどのような関わりを持って展開したかを明らかにすることに成功した。
外部集団の影響により導入された中世日本の食器に由来する在地土器・滑石製石鍋・中国産陶磁器・カムィヤキが、かつて異文化圏であった先島諸島を含め琉球列島各地に広く展開し、琉球圏が成立したグスク時代前期(11世紀中頃~12世紀中頃)には、琉球列島は博多を中心とする中世的商業圏に取り込まれ、琉球圏の中では九州島との結びつきが強い奄美諸島に優位性があったとする。また、中国産陶磁器や九州産滑石製石鍋の検討から、琉球列島と九州島との通時的な経済的連結を確認するとともに、グスク時代中期(12世紀中頃~13世紀中頃)には琉球列島の在地勢力主導による交易が展開していたことや、グスク時代後期(13世紀中頃~14世紀代)には新たに琉球列島と中国沿岸部を結ぶ交易ルートが加わったことが指摘されている。一方、社会の複雑化は、奄美諸島で使用者の階層を表現する食器文化が成立したグスク時代前期、食器類による階層表現文化が沖縄や先島諸島に浸透したグスク時代中期、沖縄諸島で精製陶磁器-粗製陶磁器-カムィヤキ-在地土器という食器の階層化が完成するグスク時代後期へと次第に進行したとする。
特に評価すべきは、伊仙町教育委員会在籍時に史跡指定に取り組まれた徳之島カムィヤキ陶器窯跡の調査成果を基盤とする研究である。カムィヤキの生産を日宋貿易・日麗貿易の延長線上に位置づけることで見えてきた琉球列島をめぐるグローカルな世界は、考古学に基づく地域研究の重要性と可能性の大きさを示していよう。
本研究は、沖縄出身の新里氏が熊本大学に学び、仕事場とした奄美の徳之島で育み発展させたことが随所に窺える。本書刊行後に熊本大学埋蔵文化財調査センターに移られた新里氏が、新たな立位置から琉球国の考古学を発展させることを期待したい。
第10回日本考古学協会賞 奨励賞
松本圭太 著
『ユーラシア草原地帯の青銅器時代』 九州大学出版会 2018年2月発行
推薦文
本書は、ユーラシア草原地帯とその周辺域における、前2千年紀から前1千年紀初頭の青銅器時代の動態解明を試みたものである。それはまた、人類史上の古くて新しい課題である「初期遊牧民文化の起源」を探る試みでもある。
ユーラシア草原地帯とは、長城地帯以西、モンゴリアからアルタイ山脈・サヤン山脈を越えてカザフスタンに通ずる地域である。この広大な地域のうち、アルタイ山脈の北側に位置するミヌシンスク盆地と、アルタイ山脈以東のモンゴリアが、当該地域の青銅器文化展開を解明するキーになる。
著者は、この地域の青銅器について、型式分類、動物紋の系譜整理と分類、さらに成分分析等、多角的な追及を行っている。
著者によると、ミヌシンスク盆地およびモンゴリアの文化展開は次の通りである。
すなわち、青銅器時代Ⅰ期(前2千年紀前半。石器にかわる道具としての青銅器の出現期)、青銅器時代Ⅱ期(前2千年紀後半。非実用の精製青銅器が広範囲で出現)、青銅器Ⅲ期(前2千年紀末~前1千年紀初頭。工具等の実用的青銅器の役割が増す時期)、そして青銅器時代Ⅳ期(前1千年紀前半。青銅器時代の最終段階、一部に鉄器出現)、である。
上の各期のそれぞれの文化的特徴をみると、青銅器時代Ⅰ期は青銅器の使用開始期、Ⅱ期は青銅器が‘様式’を形成する段階、Ⅲ期は騎馬とそれに伴う遊牧が開始される段階、そして、Ⅳ期は個人墓の造営が認められる段階。すなわち、リーダーの出現が想定される段階となる。
以上のように、ミヌシンスク盆地とモンゴリアでは、青銅器の出現から、‘様式’の成立とその発展といった一連の流れが認められる。そこには前2千年紀から前1千年紀初頭にかけての、絶えざる地域間交流も認められるのである。それはすなわち、当該地域の青銅器文化が「忽然」と現れたものでないことを示すものである。
本書は、具体的な考古資料操作を通して、当該地域の青銅器時代展開の実相に迫っていると評価できる。また、今後の活躍も期待されることから、考古学協会奨励賞に推薦するものである。
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第10回日本考古学協会賞選考委員会講評
第10回協会賞選考委員会を2020(令和2)年3月4日(水)に開催した。協会賞・奨励賞についてであるが、本年度は9件と昨年に引き続き多くの応募があり、協会賞が定着してきた感がある。
応募の対象となった業績についてみていくと、地域的には日本を主たる対象としたもの8件、中央ユーラシアが1件であった。一見、日本考古学分野が多いように感じるが、日本の中には朝鮮半島について論考を含むものが3件、また、琉球列島について論考が1件あり、中央ユーラシアの1件を加えると、日本列島の周辺国・地域に応募の研究・業績の対象が広がっているともいえるであろう。
9件の応募の業績のうち6件が、博士学位論文をもとにした論考・業績であり、今回応募された業績の質の高さを示している。一方、応募者の年齢層を見ると、30歳代が最も多く4名、40歳代が3名、50歳代1名、60歳代1名であり、30歳代が多いことは博士学位論文をベースにした業績が多いことと関係している。今回の業績は先述したように、総じて論文として質の高いものであって頼もしく感じたが、一方において、考古学的活動・実践との結びつき、もしくは考古学の啓発や普及、社会貢献の増大との結びつきにおいては、やや物足りなさを感じる点もあった。
日本考古学協会賞規定の目的にある「考古学の啓発と普及、人材の育成、社会貢献の増大など」に、これから期待できる若手の業績をより評価して、今回はあえて大賞を該当なしとし、奨励賞の候補を2名とした。今回は表彰できなかった若手研究者の業績にも優れたものがあり、未来の大賞候補として今後の活躍を大いに期待したい。
最後になるが、研究の場における優れた論考が多くみられた今回の応募業績の中にあって、選考に漏れたものの、地質時代から歴史時代の変遷を考古学的あるいは埋蔵文化財的に扱い、地域のビッグヒストリーにチャレンジした業績は、新鮮かつ重要に感じるものであった。フィールド・ワークや現場での啓発や普及活動をベースとした業績も、盛んになることを期待したい。
なお、論文賞に関しては今回初めて邦文誌・英文誌ともに該当なしとなった。会員には奮って機関紙への投稿をお願いしたい。