あらためて述べるまでもなく、新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延は人類社会に対して多方面における深刻な影響をもたらしました。私個人に関して言えばZoomというものすら聞いたこともなかったのに突然オンラインで授業をしなければならなくなったことも大変な出来事でしたが、専門であるギリシア考古学の世界も荒波にもまれることになったと言っても過言ではありません。
2020年、限られた数の緊急発掘などを除いて、ギリシアでは軒並み調査が中止となりました。私は恩師であるN.クールー先生(アテネ大学名誉教授)が指揮を執るエーゲ海のティノス島にあるクソブルゴ遺跡の発掘に参加する予定でしたが、やはりキャンセルとなりました。ギリシアの場合、イギリスやアメリカ、ドイツ、フランスをはじめとする欧米諸外国による調査が大きな比重を占めていますが、それらも総じて行われなかったということです。自国の中でさえ人の移動がままならない状況であったわけですから、致し方ないことでしょう。刻一刻と悪化していく感染状況を苦々しく思いながら対応に追われた調査関係者のご苦労は、いかばかりであったかと拝察されます。
またパンデミックによる経済的打撃は今後の研究環境を長期的に損ねることにもつながりかねません。
ただし、むしろいい方向に進展した事柄もあります。博物館などで資料を実際に見ることができなくなったり、さらには図書館の利用も制限されたりしたことは、世界各地の研究機関や大学において遺物などの写真や図面、および研究文献のデジタル化が一層加速化される契機となったと思われます。さらに私にとって何よりもありがたいことは、講演やシンポジウムがオンラインで行われるようになったことです。昨年(2020年)11月、クールー先生がオックスフォード大学のセミナーで講演なさいましたが、ギリシアでお話しになっているものを日本で視聴することができました。欧米の大学や研究機関の講演やシンポジウムがほとんどすべてオンラインで開催されるようになったため、離れ小島の日本にいても突然最新の調査や研究成果に接することができるようになったわけです。もちろん時差があるため日本だと午前2時や3時になったり、朝5時から開始されたりすることもしばしばですが、のちに録画を公開しない組織の場合には可能な限り視聴するようにしています。昨年来何百人もの人たちが世界中から視聴する講演会が幾つも開催されてきましたが、この点に関してはむしろコロナが収束したら機会が減ってしまうのではないかと危惧しています。
昨年、発掘が中止になったことを伝えるメールで、クールー先生が記されていた言葉が印象に残っています―「どんな物事にもいい側面がある」。そのような心持ちの大切さを学んだことが、コロナ禍で過ごしたこの一年の最大の収穫と言えるでしょうか。