第11回日本考古学協会賞
「第11回日本考古学協会賞」には、締切日までに9件の応募と1件の推薦がありました。2021年3月14日(日)に選考委員会が開催され、大賞には小畑弘己氏、奨励賞に阪口英毅氏と山﨑健氏、優秀論文賞に前田仁暉氏がそれぞれ推薦され、3月27日(土)の理事会で承認されました。各賞は、5月22日(土)の第87回総会(専修大学)において発表され、辻秀人会長から賞状と記念品が授与されました。なお、小畑弘己氏については当日オンラインでの参加となったため、賞状と記念品は後日、個別送付させていただきました。
受賞理由並びに講評は、次のとおりです。
第11回日本考古学協会賞 大賞
小畑弘己 著
『縄文時代の植物利用と家屋害虫-圧痕法のイノベーション-』 吉川弘文館 2019年12月発行
推薦文
本書は、ダイズやコクゾウムシなどの縄文時代の栽培植物や家屋害虫の存在を明らかにすることで研究を飛躍的に推進したこれまでの土器表面圧痕法(レプリカ法)のもつ限界を克服するために、土器内外の圧痕を遺漏なく回収可能なX線解析法を新たに導入し、その成果と可能性を積極的に議論・展望した意欲的な研究成果となっている。
本書は5部から構成され、まず従来のレプリカ法と新しく導入したX線CTスキャナー法の違いを概観(Ⅰ部)したのち、これまでのレプリカ法が明らかにしてきた縄文時代の栽培植物やその東アジア的な動向等の研究成果を紹介する(Ⅱ部)。さらにレプリカ法による表出圧痕だけでは必ずしも解明しきれなかった潜在圧痕を、筆者の言う「熊大方式」(X線CTスキャナー法)によって検出することの意義について、事例研究を通して具体的に論じている(Ⅲ部)。Ⅳ部ではコクゾウムシやゴキブリなどの家屋害虫に注目し、縄文時代の貯蔵形態に関する具体的な示唆を考察した。Ⅴ部ではクリやウルシといった樹木栽培の問題を改めて圧痕法から再検討するとともに、タネやムシの土器胎土への混入に関する人為性の有無について、課題提起を行った。
筆者は、レプリカ法が肉眼による「第二の発掘」と呼びうるのに対して、X線機器を応用した解析法を「第三の発掘」と呼んでいるが、まさに圧痕研究のイノベーションと評価できることは間違いないだろう。特に土器という普遍的な資料を用いて定量的なデータを提示可能な方法を開発したことは、これまで低湿地遺跡や遺跡土壌の分析等に偏していたクリなどの人為的拡散や主利用堅果類の地域差などの問題の検討可能性を大きく広げており、縄文時代の生業研究の今後に大きな影響を与えうる画期的な研究成果と言える。今後の研究の展開を期待したい。
第11回日本考古学協会賞 奨励賞
阪口英毅 著
『古墳時代甲冑の技術と生産』 同成社 2019年3月発行
推薦文
本書は、古墳時代中期の中核的考古資料である甲冑を取り上げ、周到な検討を及ぼした意欲的な大作である。大きくは第Ⅰ部「甲冑研究の枠組」、第Ⅱ部「革綴短甲生産の展開」、第Ⅲ部「革綴短甲生産体制の評価」から構成されている。
古墳時代中期を中心とした時期の甲冑資料は、有力古墳の副葬品として枢要な位置を占めており、古墳時代研究の中では極めて盛んな研究領域を占め、学界の研究蓄積も膨大な数に及んでいる。第Ⅰ部では、甲冑資料の基本的理解につながる「副葬形態」「系譜論」「型式論・編年論」「製作工程論」に対する研究動向を徹底的に分析し、その到達点と課題を整理した上で、著者の立脚点を明確化している。
そして、本論部分である第Ⅱ部では、定型化・量産化成立の所産である帯金式革綴短甲の成立過程、展開過程を明らかにし、さらに第Ⅲ部では、詳細な製作技術史的検討を基礎に生産体制の復元へとつなげている。
ところで、本書の中で、検討の中核的資料となっているものに茨木市紫金山古墳・堺市七観古墳・五條市五條猫塚古墳・小野市小野大塚古墳・丹波篠山市雲部車塚古墳等があるが、これらの古墳の多くは、早くに発掘されたものが大半であり、その報告書の刊行や遺物再検討の調査が長年月をかけて実施され、大冊の成果が刊行されている。その多くについて中心的役割を果たしたのが著者であり、その延長上に本書が結実しているところである。方法論的には極めてオーソドックスな取り組みであるが、その着実・周到な研究姿勢は、次世代の考古学研究者を育成していく上でも、極めて重要な示唆的良書である。
なお、著者は本書刊行から程ない2020年12月に急逝されるところとなった。本書の構成を見てみると、これに引き続き鋲留甲冑の体系的な研究を視野に置いていたことがよくわかり、そのことが待望されていたことがよくわかる。
第11回日本考古学協会賞 奨励賞
山﨑健 著
『農耕開始期の動物考古学』 六一書房 2019年4月発行
推薦文
本書は伊勢湾奥部及び三河湾沿岸地域における農耕開始期の動物資源利用を扱った第Ⅰ部と、今後出土動物遺体の研究全般に資する視点や方法論を記し、さらに動物考古学の社会貢献も模索した第Ⅱ部からなる。
第Ⅰ部では、膨大な量に及ぶ出土動物遺体を堅実に観察・分析した結果に基づき、縄文時代晩期から弥生時代における生業活動の変化とその地域性が精緻に描き出されている。ともするとイノシシ類の家畜化(ブタの飼養)ばかりに関心が集まるなか、等閑視される傾向にあった弥生時代における動物資源利用の実態が、野生種に当たる貝類・魚類・哺乳類遺体の研究成果も踏まえ明らかにされた意義は大きい。貝類については、特に渥美半島の吉胡貝塚、伊川津貝塚、保美貝塚から多出するベンケイガイなどタマキガイ科製の貝輪を観察・分析に加えた点も評価に値しよう。特定の動物群に特化せず出土動物遺体を包括的に扱い、さらには多様な遺体群とそれらを素材とする製品を分け隔てなく扱うことの大切さを、本書は改めて教えてくれる。
兵庫県立人と自然の博物館、栃木県立博物館の現生標本群を精査し、ニホンジカについて死亡時期・年齢査定法を新たに開発・整備した点も特筆に値する。第Ⅰ部第4章で同種猟期の査定に用いられたX線画像で下顎骨歯牙の萌出交換状況を観察・スコア化し死亡月齢を推定する方法、第Ⅱ部第8章で示された四肢・体幹骨の部位別骨端癒合時期とも、今後動物考古学者がニホンジカの死亡時期・年齢査定を行う際に資するものと言える。
第Ⅱ部第8章では、このほか動物遺体を扱う上で不可避なタフォノミーの問題を考慮する上で民族考古学や実験考古学から得る知見が重要であることも示され、著者自身によるモンゴル高原での実践例も紹介されている。加えて、最終第9章では、動物考古学の調査・研究から得られる過去の人と自然の関係についての知見を、現代の環境政策に活かす方途も模索されている。その内容は、前章までと比べやや異質で唐突な印象を受けなくもないが、東日本大震災以降、被災地の緊急発掘にも数多く携わり、考古学を取り巻く今日的な課題にも真摯に向き合う著者ならではの問題意識も垣間見える。
膨大にして多様な動物遺体を対象に包括的かつ堅実な調査・研究を重ねつつ、その成果を公共の知財とする方途も探る著者の一層の活躍に期待したい。
第11回日本考古学協会賞 優秀論文賞
前田仁暉 著
『横槌・掛矢の機能論-近畿地域の原始・古代を中心に-』
『日本考古学』第49号 日本考古学協会 2019年10月発行
推薦文
原始から現代の民具に至るまで長く使われてきた横槌・掛矢は、形態が単純なゆえに考古学的な分類や編年が進まず、民具との比較から機能が類推されるにとどまっていた。そのような現状に対し、本論文は、近畿地方の横槌・掛矢を集成し、全体の寸法と形態をもとに定量的な分類を行ったうえで、樹種や使用痕からそれぞれの分類について機能を推定した。さらに、時期的な消長を整理してそれらの変遷を明らかにした。
まず、柄の有効長を基準とした寸法によってA・B・Cの3類に大別し、さらに敲打部の長/径をもとにそれぞれを2~4類に細分した。次に、分類ごとの使用樹種と使用痕の傾向を数量的に示して、もっとも小さなA類の主体をなすA-1類を祭祀などの象徴的機能を負う「横槌形」、最多をなすB類の主体をなすB-1類を豆打ちや砧打ちなどの農具的機能をもつ「横槌」、もっとも大きなC類の典型をなすC-1類を鉈打ちや杭打ちなどの工具的機能を帯びる「掛矢」とみなした。
次に、弥生時代から近現代に至るそれぞれの消長を示すことによって、弥生~古墳時代の水稲耕作や灌漑構築の需要が「横槌」や「掛矢」の増加と関連することや、古代以降の木槌の出現が「横槌形」「掛矢」の機能を変容させることなどを指摘して、この種の道具の歴史的な変遷過程を概観した。
以上の分析は、客観的な分類と観察に立脚した機能の同定によって、従来は主観的で曖昧であった横槌・掛矢の考古学的研究を大きく前進させた重要な成果である。このことによって、本論文を優秀論文賞に相応しい研究として推薦するものである。
第11回日本考古学協会賞選考委員会講評
第11回協会賞選考委員会を2021年3月14日(日)にオンライン型式で開催した。協会賞大賞・奨励賞についてであるが、本年度はコロナ禍にもかかわらず、昨年度より多い10件の応募があり、活動が困難な状況下にあっても会員が研究に切磋琢磨している様子を垣間見ることができた。
応募の対象となった業績についてみていくと、地域的には日本を主たる対象としたもの9件、中央アメリカが1件と日本考古学に集中している感がある。日本考古学の時代別では、縄文時代1件、農耕開始期から弥生時代2件、弥生時代から古代1件、古墳時代3件、古代・中世2件であった。この中では、古墳時代の金属器や須恵器の生産・生産体制にかかわる業績が3件と際立っていた。また、新しい研究手法に挑戦した研究が2件あった。縄文時代と農耕開始期の考古科学・分析考古学的研究であり、今回の応募業績における研究分野・手法の特徴といえるだろう。
応募者の年齢層を見ると、20歳代が1名、30歳代が2名、40歳代が4名、50歳代1名、60歳代2名であった。研究と教育ないし文化財行政・実践に活躍している中堅層の応募が多く、将来に向けても頼もしい構成であった。
今回、大賞と奨励賞の候補とした業績には、先に述べたように考古科学的・分析考古学研究が2件ある。両業績は膨大な考古資料を対象に、新しい自然科学的な分析手法を開発して自ら実践し、考古学的な課題を解決するという共通した研究の進め方をしている。特別な機械類や知識が必要で、考古学研究としては一般化できないのではという危惧があるかもしれないが、「考古学」はその成り立ちにおいても自然科学的な研究を内包していたのは明らかであり、候補者両人の考古資料に対する大変な努力と真摯な姿勢、明確な考古学的課題の設定は、それが考古学研究そのものであることを明らかにしている。今後も発展していく分野と考える。
もう1件の奨励賞候補は、今回の応募に特徴的だった古墳時代の金属器や須恵器の生産・生産体制にかかわる業績3件のうちの1件である。3件とも技術的な分析だけでなく緻密で論理的な研究であったが、その中から特に論理的な展開に優れており、今後の研究に資することの期待できる業績を奨励賞の候補に選んだ。その結果、奨励賞候補が2件になったことは、今回の応募業績がとりわけ優れていたことを示していると理解してほしい。
なお、邦文誌の優秀論文賞に関しては、『日本考古学』編集委員会の推薦により1件の受賞候補を決めたが、英文誌の優秀論文賞についてはJJA編集委員会からの推薦がなく、候補の該当なしとなった。会員には奮って機関紙への論文投稿をお願いしたい。